司馬遼太郎『長安から北京へ』1976,中公文庫、近代国家への脱皮の中国での司馬さんの微苦笑
この時代、まだ中国は経済大国になり得ず、まだ大きな脅威
でなかったわけで、この頃が懐かしいという思いが湧く。で、
この紀行文の冒頭、やおら司馬さんが中国側の接待員から「曽
野綾子氏をどう思いますか」とひつこく問われた話。実はその
前に、無論、もともと曽野綾子は保守的人間であり、その中国
旅行から露骨な反中的なルポを書いたことへの感想を求めたわ
けである。やはり当惑してしまった司馬さん、同じ文壇の同国
人、しかも著名な女性作家を貶すわけにもいかず、その結果、
「美人だと思いますよ」とはぐらかした。
ま、バッパ翔太の最近の一件でもわかるが、すでにあの当時、
日本流でいうなら昭和50年ころ、それ以降でも中国に入って、
やたら追従にもならず、適度の理解と礼節を保ちながら適切な
批判を行うのは難しいものだったはず、それを司馬さんは巧み
にやりこなしている。
北京では例の巨大な地下壕に潜り、上海の少年宮えは素朴な
る射撃訓練装置を見る。この驚くべき、国民皆兵ぶりへの司馬
さんの感想はこうだ。
「ソ連が本気で戦争を中国にしかける可能性はないと私は信
じている。だがハンガリーやチェコでなどでの軍隊進駐の事実
は中国人も忘れることはないだろう」
他方で
「『『まずは自民と軍隊にメシを食わせる』というのが毛沢東
の思想の中でも最も本質で凄みがある。ソ連の強大な戦車団に対
し、戦車団で迎え撃とうというなら、たちまちメシが食えなくな
って流民の大発生となり、滅びかねない」
だから
「そういうことを理解してやらず、北京が感情的だとか頑固だ、
とか傲慢だとか、と批判するのは隣国としては酷というものだろ
う」
それを理解しつつもやはり「子どもの遊びにまで射撃訓練を持
ちこむのは少し、行き過ぎではないか」
この感想は批林批孔教育として林彪や孔子のハリボテの人形を
撃つ遊びを見たときの感想でもそれは同じなのである。
全体として旧来の儒教の手枷足枷の束縛を取り除いて近代国家
に変身を遂げる教育は是認しつつも、「道具立てが少々子供っぽ
すぎる」との司馬さんの微苦笑が見えてくるようだ。
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