宮沢賢治『雪渡り』賢治が生涯、唯一、原稿料を得た作品。森の幻影が浮かんでくるようなファンタジーの世界

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 実は『雪渡り』は1921年に東京の雑誌「愛国婦人」に
掲載、二回に分けて掲載。この年、1921年は大正10年であり、
前年、賢治は盛岡高等農林卒後の研修生修了、教授から助教
授就任への推薦の申し出を辞退、短編『猫』、「ラジウムの
雁』を執筆、11月に日蓮宗在家信仰団体、右翼系団体の「国
柱会」信行部に入会、さらに父親に浄土真宗からの改宗を迫
る。翌年、1921年1月に父親に無断上京、本郷菊坂に下宿、
布教活動や奉仕活動を行う。8月に妹トシ発病、9月「愛国婦
人」に童話『あまの川』を発表、12月にのちの花巻農学校の
前身の農学校の教師就任、「愛国婦人」に『雪渡り』発表、
なお1921年は賢治、25歳である。

 『雪渡り』の概要はこと新たに述べる必要もないと思うが
「堅雪かんこ、凍み(しみ」雪しんこ」というフレーズのリ
フレインが全編を通じて印象に強い。かんこ、四郎の妹、かん
子に掛けているようで、実の妹トシが念頭にあるだろう。

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 「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」と四郎とかん子のまだ小
さい兄妹は雪沓をはいて野原に出た。森の入口で

 「堅雪かんこ、凍み雪しんこ。狐の子ぁ、嫁ほしい、ほし
い」と叫んだ。

 しばらくして「凍み雪しんしん、堅雪かんかん」と声がして
小さな狐が出てきた。四郎が「嫁がいらなきゃ餅やろ」あ」と
言い、狐の子は「黍の団子をおれやろか」、かん子はあんまり
面白く、「狐の団子は兎のくそ」と言った

 すると狐の子は狐は決して人を騙さない。騙されたというの
は皆、酒に酔っていたり、神経がどうかしていた人間だ、と言
う。

 数日後、二人が森に行くと、このあいだ出会った子狐の紺三
郎は立派な燕尾服を着て、水仙の花を胸につけて待っていた。
幻灯の準備はもうできていた。・・・・・・四郎とかん子は持っ
てきたお餅のお土産を狐たちに渡した。幻灯がやがて始まった。
酒に酔った人間はが、野原でほおの木の葉を丸めた中に頭を突っ
こんで何か食べているような画像が映る、狐たちが足踏みして、
キックキック、トントン、凍み雪しんこ、堅雪かん子と歌う
・・・・・・・

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 なんともファンタジーの世界と思う。かん子は賢治の妹、トシ
が念頭にあるようだ。人間側の魔法の発信機はとし子が担ってい
るようだ。繰り返されるリフレイン、「凍み雪しんこ、堅雪かん
こ」は実際に岩手に残るフレーズだそうだが、かんこの霊性の表
現だろうか。人と自然の動物の心、スピリットの交流の呪文でも
ある。神秘的な交流だ。作中の小さな狐が大きな狐に肩車され、
背伸びして星を取ろうとする場面は、銀河鉄道に通じる。

 やはりメインテーマは雪だろうか、タイトルがそれを表してい
る。雪が人と動物を区別なく背景を一色にして自然の画布に投げ
出してくれるようだ。
 

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