里見弴『朝夕』講談社文芸文庫、晩年の感想、随筆集、明治人の気骨を伝える
初版は1965年、昭和40年で創文社から出ている。2011年に
講談社文芸文庫として復刊された。里見弴は「白樺派」の作家
であり、志賀直哉と並ぶ技巧は非常に優れた作家である。兄に
有島武郎、有島生馬がいる。『朝夕』という随筆集なのだが、
初版刊行の1965年以前の十数年に書いた多くの随想、短文から
自身が選んで集めたものである。
実際、多くの人にとって里見弴はあまり読まれる作家でもな
いだろう。でもこのような随想なら近づきやすい。読んでの感
想は明治人に特有と言っていいのかどうか、実に妥協のない自
立した精神がはつらつと描かれていることである。還暦後くら
いから八十歳近くまでの時期に書かれた随筆である。迫りくる
死の不安も冷酷に突き放し、心境を述べた「誕生日」「偶然」
や自然の公平と不公平の同一を論じた「不公平と公平」などは
実に名品だと感じる。だから実は里見弴自身が言っていた「
旧幕時代から立ち腐れのお蔵」というような印象は微塵もない。
江戸小説の流れをくむ戯作趣味と西鶴流の合理主義、さらに
明治人独特というべきか、反骨精神などが緊密でまた巧みに調
和され、まさに動かしがたい精神の世界が構築されているのだ。
これは少なくとも「まごころ哲学」や情痴小説の作者という
ふうに世間から見られているイメージとは違うのである。「ま
ごころ哲学」の持ち主にしては、思想はあまりにも破壊されて
おり、情痴小説の作者としてはストイックすぎる。永年、弊店
専売の名物として批評家の筆端にかかってきた特色として、云
わずとしれた「まごころ哲学」はその顕著な例である。それは
『多情仏心』によく表れている。自主を旨とする作家精神が、
いかに承知の上とはいえ、他による選、その歌詞の場合は単に
変えざるゆえん」。レッテルで人を判断してはいけないとだ。
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