武田泰淳『身心快楽 自伝』1977,生前の文章、談話などを集めて自伝風に編集の本
武田泰淳、1912~1976、でその死の翌年、その生前の文章(
エッセイ』、談話などを集めて自伝風に編集した本であり、実
は戦前、出版社がその製作意図を武田泰淳に許可を求めて快諾
されていたという。だから全ては編集者の仕事だったようであ
ったが云うべくして困難な作業だったようだ。で「身心快楽
自伝」と名付けて創樹社から1977年5月に刊行された。
実際、多くの機会に書いた文章、話した回想は内容は重複が多
いわけで時間的にも当然ながらさまざま入り組んでいる。でも、
それが格別、欠点になるどころか重層的で立体感さえある。
この自伝は例えば「生まれた寺の前の写真屋さんに二人の少
女がいた。妹のほうは、僕の妹と同級生で、姉のほうは僕より
一年上、僕は姉のほうを好いていたけど、彼女は年の割にはマ
セていて僕をバカにしていた。それほど好いてはいなかった妹
が逆に僕を好いていて、僕と遊ぼうというときは、どうもいい
服を着こんでいたようだ。やっと買ってもらった水色のワンピ
ースでやって来た彼女を僕は転がし、服を泥だらけにした。そ
の時、彼女は顔色を変えた。蒼くでなく赤くなったのだ」
という具合の幼少の記憶、誰しもありそうな近所の女の子と
遊んだこと、だが
戦時下の手紙、戦地からの手紙だが
「私は火野葦平などの戦争報告的な反知性的な戦線文学はきら
いです」
晩年の心境か「われわれは、人間の美しさ、強さをありがた
がるが、しかし同時に、人間の醜さや弱さもありがたがるべき
ではないのか」
作品を読んでもわかるが、武田泰淳は多面的で八方やぶれとい
うか『森と湖の祭り』に顕著だが、まとまりがない、ごった煮的
な作風がどこに由来か、とかすかにわかる部分もある。
まあ、メイン部分は雑多だが、夫人の「あとがき」がいいのだ。
「歌の上手な人ではなかったが、たまに歌うこともあった。酔
うと寝ころんで『どこまで続くぬかるみぞ』という軍歌をよく歌
ってました。体力があったころでしょう。読経の修練をしたこと
がある、力の入った、張り上げない、低い声で丁寧に歌いました。
歌手が歌う、どんな懐メロ軍歌より、武田が歌う『討匪行』は本
当に一兵卒が歌うようでした・・・・・・」
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