宮尾登美子『寒椿』(新潮文庫)1977,女流文学賞受賞作、花柳界に生きた女性の生きざまを、これでもかと描く

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 さて宮尾登美子、高知市出身、家業というか父親の職業は女
衒、ふと思ったが高知ってそういう土地柄?コンビニはセブン
がなかった。でもコンビニに避妊用品山積み、・・・・・ちょ
っと他地域では見られないことだ。1973年、『櫂』(かい』を
自費出版、太宰治賞受賞、出世作となったが、これは自伝四部
作の第一作目である。で1977年のこの『寒椿』だ。

 その前に出世作『櫂』、自伝四部作のスタートだが高知の色
街で長く芸妓や娼婦の紹介業、女衒を営む富田岩伍の妻の喜和
の生涯を中心にして、その世界に生きる人たちの悩み、苦しみ、
哀感を綴った長編である。また花柳界の女性を描いた『陽き楼』
、ともに色街を舞台にした人間の生きざま、人間模様を描くも
のだ。

 個人的には「心臓神経症」で長く悩んだ、という。むろん、
心臓神経症は病気ではない。病は気からのノイローゼである。
悪いと思えば本当に具合が悪くなるのが人の身体である。私も
経験がある。でも正真正銘の大病を患うと心臓神経症どころで
はないわけで、忘れてしまった。

 『寒椿』もやはり、同じような素材を扱っている。高知の浦
戸町の芸妓子方屋の松崎に売られた四人の少女戦前から戦後に
かけてのその苛酷な人生行路、幼い頃から悲惨な運命を背負わ
れた女性たちの必死の生きざまを描くものだ。

 この四人とは小奴の澄子、久千代の民江、花勇の貞子、染弥
の妙子、彼女らが前後して松崎に来たのは小学三年から五年く
らい松崎の娘の悦子も加え、姉妹同然に暮らした。

 澄子は父の死後、継母によって身売りされ、十二歳の年齢か
ら客を取らされた。その後、高知から須崎へ、さらに満州の新
京に移る。年季を務めたのち、一時、素人に戻るが、結婚を約
した男に裏切られ、ハルビンまで流れて敗戦に。その混乱の中
で結ばれた男と高知に戻ってきた。だがその結婚生活も幸福で
はなく、13年後に別離、再度芸妓になる。

 澄子に光明が差したのは銀行頭取の溝上と知り合い、二号と
なって家を構えた。が53歳でけがで全身不随に、それでも溝上
の支援は続き、ベッドから起き上がれぬまま、生への執念を燃
やし続ける。

 作品は澄子の負傷に始まって、それまでの彼女の軌跡を辿り、
やがて東京でも物書きをしている悦子が怪我のことを聞いて帰郷
し、民江や妙子と澄子を見舞ったことから、今度は悦子があと三
人の生き方を知るという構成になっている。

 と花柳界にかかわる女性の生きざまを、これでもかというほど
書き続ける。

 正直、「もういいかな」と読書継続の意欲を失ってしまうかも
しれない。だが作者はひたすら花柳界の女性を描くことに賭けて
いた。やはり松崎の娘、悦子の感慨に作者の思いが重なっている
ようだ。

この記事へのコメント

killy
2025年12月01日 09:51
やかげ文化センターの開館最初の講演者が宮尾登美子さんでした。