飯沢匡『飯沢匡刺青小説集』1972,劇作家の才気あふれる面白話だが、文学としてちょっと


 文化学院出身の文学者、劇作家、演出家で元新聞記者であ
る。非常に幅広くすぐれた活動で著名だったが、現在は知名
度はどうであろうか。才人であった。なお飯沢匡は「いいざ
わ・ただす」である。

 この本、刺青を扱った作品ばかり、九篇を集め、巻末に花田
清輝の「芸術としての刺青ー飯沢匡論」を収める。非常にユニ
ークな短編集となっている。でも意外な面見る思いではある。

 九篇の短編が収録だが、その中の「東大と刺青」は、その昔、
全共闘運動華やかなりしころ、「止めてくれるな、おっかさん
、男東大どこへ行く」の駒場祭のポスターの刺青姿、そのポス
ターから、「私」の旧制中学時代の友人のKを思う出す話であ
る。

 ダウンロード (97).jpg

 Kは「清潔で規律正しい生徒」であって、柔道部の主将で、
成績はいつも五番以内という、なかなかの模範生徒だった。ま
あ、普通に見たら、旧制高校へ進み、帝大の法科でも入って在
学中に高文に通り、内務省の役人になるのがふさわしい男だっ
たが、意外にも旧制高校の身体検査で不合格、三流の私立大の
予科に入った。それはそもそも、全身に刺青が彫ってあるせい
で、「Mの先まで彫ってある」という噂まであった。

 戦後、15年ほど経って「私」はある地方都市へ講演に行った。
そのとき偶然、Kの消息を知った。Kはその都市の市長になって
いた。その時は三選されるかどうか、という状況だったが、劣
勢の反市長派が市長の全身刺青を取り上げて攻撃し、女性票が
反市長派に向かって、結局Kは落選したのだった。

 「私」はその日の講演でKの人間性を讃え、別段、ヤクザとか
元不良とかではなく、むしろそれらと正反対のまっとうな人間だ
、・・・・・・と。この講演が新聞に紹介され、「私」はKから
招待された。・・・・・そこでKの刺青を見せられたのだ。

 「Kの足首に始まって、首の付け根までに終わる胴体、肩から
手首に至る両腕には、何やら色彩がごてごてまとわりついていた。
Kの刺青はまるで薄物でも一枚上から掛けたようで、すべてが鼠
っぽく、霧の向こうにあるようにボヤけており、全体として色あ
せた感じで、明確さがまるでないのだ」

 刺青は年月の経過で色素が吸収される。新陳代謝の盛んな若い
時代はなおさらである。Kはそれで四度もやり直しているが、そ
れでも色褪せはどうにもならない。

 「私」はその刺青を褒める気にもなれず、ちょっと困った。背
中の岩見重太郎も三流の術者になるようで、弱々しいデッサンで
あった。ただ一つ立派と言えば、「黒一色」を入れた巨根の部分
だけであった。……それで中学二年で刺青を彫ったという早熟ぶり
を誉め、こうして模範的中学生と大工との奇怪な関係を知るのだ
った。それは性的関係だったそうで、その陶酔のうちに知らぬ間
に彫られたというのだ。ついに大工の反権力的精神に惹かれ、全
身に彫ってくれ、と自分から頼んだという。

 その反権力精神が政治への志向となって市長の座に。だが市長
になってその精神は消え去った。Kは落選、家族にも逃げられ、
孤独になったのを機会に船会社に勤め、外国勤務に、今度は全身
に藍の刺青を入れた。

 ・・・・・・ざっとそんな一つの短編だが、飯沢匡という人物
の才能を感じてしまう。奇譚趣味と風俗的関心と文明批評論もあ
るよおうな、ユニークな作品だが、劇作家、演出家で稀代の成功
をおさめた、こんな作り話をべらべら作ることが出来る、という
才能である。でも小説としてみると、足がすべっているようにも
思える。まあ、どこまでも劇作家だなと思う。



 
















この記事へのコメント