君は土山佳晴、巨人軍練習生(育成選手の先駆け)、エリザベス・サンダース・ホーム出身を見たか!

 613487592_3858766271092555_630387032778117133_n.jpg
 土山佳晴、つちやま・よしはる、1962年、昭和37年7月28日
、神奈川県大磯のエリザべス・サンダース・ホームから多摩川
の巨人軍合宿所に入った。その日から選手たちに好かれたとい
う。沢田美喜さん創設の終戦後、進駐軍兵士」と日本人女性と
の間に生まれたハーフを数多く、最盛期は2000人も収容し、
育てた施設である。沢田美喜さんは三菱の創始者、岩崎弥太郎
の孫である。

 巨人軍練習生として、現在の育成選手の先駆け、ともいえる
が、それほどプロ的ではない。当時の登録選手60人には入って
いない。ホームで野球に熱中した。ポジションはショート。実
はホームをたびたび訪問していた巨人軍の若林忠志元投手の紹
介であった。

 身長は合宿入所当時166㎝、足が11文半、当時としてはこれ
で標準的だが足が大きかった。足の大きい選手は大成するとの
言い伝えもあって期待もされた。食欲旺盛で夕食は数杯食べた
という。でお膳を置いたままどこかに消えた。親父役の武宮
敏明コーチ、「ヨシハル、何やっとる、早く食わんか」と心配
していると佳晴は武宮コーチのお膳を持ってきた。実に気が利
く少年だった。武宮コーチはジーンときたという。
 
 武宮コーチ談「ヨシハルはいろんな意味でテストケースでし
ょう。まずは体作りから、徐々に野球を覚えさせる。つらいこ
とも多いだろうが野球ではどんな苦労してもいい。が、別の意
味での苦労はさせたくはない。人間的な面でも成長させたい。
野球も大切だが、人生はそれだけじゃない」

 でもそんなコーチもいる巨人軍、この年は阪神優勝、1963は
巨人優勝、64年は阪神、以後V9.私はこの画像をみて、さすがに
伝統の巨人軍団だなと感じざるを得ない。

 バーベルで鍛錬

 午前中は練習場の対岸の合宿所の土手でサーキットトレーニン
グ。ボディビルもある。砂袋をもって坂道を上がったり、すこし
大きいシャツは中尾コーチのお下がり

 614231714_3858766237759225_8094264679297350023_n.jpg

 練習場簿ベンチで。渡海外野手にからみつく。柴田勲と話して
いるのだ。

 614137237_3858766314425884_2621812014711886052_n.jpg

 早くもファンレターが合宿所に舞い込んでいる

 615361315_3858766207759228_3671932023456178790_n.jpg

 とはいえ、やはりハードルは高かった。その後、佳晴君はトラッ
ク運転手に。いまどうされているだろうか。

この記事へのコメント