武部利男『李白小伝』1955,新潮社、一時間文庫:詩の鑑賞を通じて李白の人間性の探求


 武部利男、1925~1981,大阪市生まれ、京大文学部中国文学
科卒でこの本の刊行時、大阪府立高津高校定時制の教員、吉川
幸次郎に師事し、京大文学部大学院に在学中であった。その後、
奈良女子大、福井大教育学部、立命館大の助教授、在任中に56
歳で死去。古書で入手となるが「新品」でなお入手可能。

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 さて、『李白小伝』という書名だが,詩の鑑賞を通じての李
白の人間性の探求、結果としての小伝である。それは「李白の
詩集は、いずれも詩の内容によって分類されたものばかりで、
杜甫の詩集にあるような編年体の詩集がなく、年代を追ってそ
の精神性、心境の変化を辿るのが難しい。したがって李白の伝
記は杜甫ほど詳しくは分からない」とうので、李白の詩を編年
で並べ、そこから李白の生涯を探ろうというのがコンセプトの
ようだ。

 著者は李白の人と作品を次のように規定する。

 「貴族社会の中で咲いた李白の文学には、貴族社会の矛盾が
反映されている。長安の花やかな生活にあこがれた李白、一時
は玄宗に召されて宮廷生活を楽しんだ李白だったが、その生涯
の大部分は不遇であった。そのうえ、詩人の感覚は時代の矛盾
に敏感であった。社会の実態に鋭敏な目を向ける。貴族生活の
中から抜け出せなかったとはいえ、李白はたえず慈子の生命を
充実させるとともに、社会の幸福に誠実を求めた。杜甫に比べ
ると、ずいぶん暢気な人間に見えるが、李白も憂愁を胸に秘め
た詩人であった」

 というのだが、このような性格、傾向は李白に限るわけでも
ないだろう。「貴族階級の中にあって、民衆の気持ちを汲み上
げて歌ったところに、李白の功績がある」というのだが、著者
の描き出そうとする李白の人間像に独創性は希薄で妙味に乏し
いのではないか。

 たとえば李白が仙人にあこがれた詩人であり、仙人を歌った
詩も多いのである。「宇宙を小なりす」といった壮大な夢、そ
れを抱いた李白の姿はほぼ描かれていない。その理由は「人民
の苦しみをつぶさに見て、李白は政治の貧困を歎いている」と
か、「戦争で苦労するものと、戦争で儲けるものとは、全く別
であるという李白の憤懣の気持ちが、強く出ている」などとい
うことにこだわり過ぎ、かもしれない。

 なら思い切って「彼は、せいいっぱい、ちまちました生活を
送ろうとする。彼は盛んな欲望を満たそうとつとめ、快楽を誉
めたたえた」という欲望礼賛、自由奔放な李白の人間像にもっ
と描くべきだろう。だから酒仙、李白の表現の「酒の歌」の一
章は精彩がある。「愛のかなしみ」の章「李白は強い者に媚び
ず、いつも弱者の味方であった。とりわけ夫に分かれて暮らし
ている気の毒な女の人、宮中の美人、商人の妻、兵士の妻、そ
れらの人のわびしさに絶えず思いを寄せて、それらの人のわび
しさに絶えず思いを寄せて、、それらの人にかわって、せつな
い気持ちをうたい、ともに涙にかきくれた」ことを明らかにし
た。

 といって李白の小伝といってあまりに現実、分からないこと
が多い。だから、やはり李白の詩の鑑賞である。実に親切な解
説がなされている。李白の詩の入門書としてこそ本領発揮だろ
う。

 「本書は李白に対する第一撃だ。私はさらに英気を養い、ふ
たたび三たび、否、おくたびでも突進したいと思っている」

 ちょっと旧日本軍の檄文のようで、あの時代、まだ戦争の名
残りかのような言葉遣いはちょっと、違和感がある。

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