斯波四郎『愛と死の森』1960,戦争の記録の陰画的表現、「読者を持たぬ作家」の真骨頂か
「読者を持たぬ小説家」という異名?がある斯波四郎である。
1959年、昭和34年に『山塔』で芥川賞受賞、翌年の長編である。
対英米開戦間もない時期から東京空襲の頃までを扱っている。
主人公は戦傷の復員兵である。だが外的な事象はほぼ描かれず、
すべて一切が主人公の内面的心象風景として描かれる。たしか
に主人公の友人は新聞の特派員で戦地に派遣されたり、戦時下
の食糧難で結核に苦しむなどの表現はあるが。小説全体に何か
霧がかかったような幻想性が漂っている。
作品中で描かれる主な出来事は、二人の友人の恋愛と結婚、
さらには主人公自身が、戦死した弟の愛する女性と全く唐突
に結婚の決意を固めるに至るその過程なのだが、この三組の
愛の上には、すべて何か死の影が覆っているのである。友人
の一人は長い求愛の結果、やっと獲得した妻をすぐに病気で
失う。もう一人の友人ときたら、自分自身に迫りくる死の影
に怯えながら、わずかの女との愛に救いを求める。タイトル
どおり、「愛と死」の相の下における人間の精神的な姿が中
心であり、戦時下という背景は、云うならば暗い死の陰の象
徴でしかない。
ともかくも、ちょっと離れてみるまでもなく、作中の人物
はすべておぼろげな幻影として舞っているような趣である。
本当に現実の話なのか?と思わせるほど、孤独な主人公の内
面が生み出す幻影かもしれない。実際、あの戦時下において
は、よほど狂信的か楽天的な人間でない限り、このような内
面の、「うちなる森」心象風景において耐え抜く時代であっ
たのかもしれない。これも紛れなき戦争の記録の陰画的表現
というべきだろう。芥川賞翌年、早速の長編で十分な緻密さ
をもっているが、『山塔』と同様、幻想的で陰鬱である。
読者を持たぬ作家、その理由がまた納得もできる作風であ
る。
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