佐多稲子『灰色の午後』1960,講談社文芸文庫、日中戦争激化の時代状況での自伝小説
まず発端は1936年、昭和11年暮れの浅草の雑踏の光景である。
また最後の結末にも賑やかな雑踏が描かれる。それは浅草での
時代の不安を漠然と感じながら、かんざしを買っていくような
群衆ではなく、漢口攻略、昭和13年10月に狂喜乱舞し、宮城前
につめかけた提灯行列の人の波である。軍国にのめりこむ日本、
言論は弾圧されていた。執筆禁止に怯えながら、同志である夫
への信頼が徐々に崩れてゆくにつれて、時代へ抵抗する力を失
っていく一人の女性作家の愛情生活を描いている作品である。
名前は川辺折江、彼女は夫の惣吉とともに、あるプロレタリ
ア文学運動の組織に属していたが、指導者の美濃部(宮本顕治)
が投獄され、組織(ナルプ)が解体したのち、狭い交友関係を
頼りとして裏長屋暮らしをしている。彼らも検挙されたことが
あったが非合法活動の秘密を守り通し、結果的に転向したとい
う負い目の意識は背負っていない。
折江の周囲には美濃部(宮本顕治)の妻で著名な女流作家の
数子(宮本百合子)がいて、その友人で惣吉の主治医の吉本和
歌、惣吉の若い友人田原の恋人万津子まどという女性もいる。
折江はこういう緊迫した抑圧された状況の中で夫婦が身を寄
せあって、信念に沿ったすぐれた作品を書こうと思っているが、
夫の惣吉はかたくなに背を向けて家を空けがちである。彼自身
は仕事部屋に行くというのだが、折江は多聞、情事に向かって
いるのだろうと思っている。
そのような中で友田恭輔の戦死、組織時代の仲間だった演出
家、樫村千吉(杉本良吉)の女(岡田嘉子)との越境逃避行、
田原の結婚とその死、折江の治安維持法の公判と執行猶予判決、
これらは折江の満たされない心への陰影として語られる。夫
への疑念が深まるにつれ、折江は無感動に千人針を縫うように
なる。だが。惣吉の情事の相手が予想通り、主治医の和歌であ
ると数子が教えてくれた。数子は折江夫婦の退廃的傾向を批判
する。が、折江はどうにも夫となれ合ってしまう。
実はこれは『歯車』に続く、佐多稲子のまさしく自伝小説で
あり、事実に忠実というコンセプトで、かえってわかりにくい
展開となっている。筆致はどうにも懐古的で、内面はあまり描
枯れているように思えない。
時代と夫の情事を二つの両輪で作品化する意図だったと思う
が、表面的に流れているのではないか。でも漢口攻略の提灯行
列の描写など、資料的価値があると感じる。
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