ペーター・シュミート『ニッポン再発見』1953,日本人論の古典、小粒ながら実に鋭い


 今日に至るまで外国人、また日本人の書いた「日本人論」は
数多い、限りないかも知れないが、1953年、翻訳で角川新書で
刊行されたペーター・シュミートによる『日本再発見』は実に
鋭い内容を持っている。日本人論といえばユダヤ人「イザヤ・
ベンダサンサン」詐称の山本七郎のものがよく読まれたが、
正真正銘のこれは日本人論となっている。

 著者のペーター・シュミートとは?執筆当時はまだ40歳くら
い、スイス生れ、チューリヒ大学で独文学を専攻、エルマティ
ンガー教授に師事、ビューヒナーの研究で学位を取得、スイス
の「世界週報」特派員としてエジプト、東南アジアを経て1950
年に来日、4か月、東京に滞在、また各地を旅行した。

 さて、実はページ数は少なめだが、実に柔軟で鋭い。全然、
イデオロギッシュでない。だが日本に滞在したのが、なにせ
1950年、昭和25年であるから見聞したものは古い、だが日本
人の特質を見抜いた指摘が多い。

 GIたちはチューインガムをのんびりと、どうでもいい、と
いう具合に噛んでいるが、それに比べ、日本人女性はチューイ
ンガムをまるで噛み競争のように、熱心に孜々として噛んでい
るという。また日本の女性たちはかわいい独特な魅力を持って
いるが、男たちは陰鬱そうで、いつも苦々しそうな思考に陥っ
ているかのように見える。意識性が多すぎて、美の女神が立ち
とまることが出来ない。ただ酒に酔ったときにだけ、くつろい
で快活になれ、しばしば羽目を外す。

 (当時、1950年頃だが)日本の道路に標識がなく、番地の順
番がでたらめなことが多いと指摘し、「日本人はただ知ってい
る人だけが知っているだけで、関係ないものは誘おうともせず、
ほとんど意地悪いとされる秘密さで身を隠している。彼らは控
えめという態度の甲冑の背後に、外部に対して不審げに心の底
を押し隠し、挨拶の時でさえ、握手よりは離れて行うお辞儀の
方を選ぶ」・・・・・・と訳文は硬すぎて全く日本語としてこ
なれていないのだが、それを読者は読む抜かねばならない。

 とまあ、きりがない程、多くの例を挙げているから日本人再発
見と日本人が読めば思うというわけだ。原題はドイツ語で「今の
日本」出そうだが、訳者が「ニッポン再発見」に変えたという。

 歌舞伎、能、映画、神社、寺、芸者、ハンセン病療養所と、多
くの場所を訪れ、それぞれに独自の印象と見解を述べている。そ
して・・・・・・

 日本人は結局、合理主義の神秘主義者だという。アメリカ的な
ものは実用主義、実利主義、まあプラグマティズムだが、それら
を日本人は軽蔑する。

 「アメリカは日本の青年の形而上学的(哲学的)な精神の渇望
に全く応えることが出来ず、マルクスは全く夢想的、非現実的な
哲学性を帯びていたので日本の青年の渇望に応えることができた」

 確かに日本人のマルクス好き、マルクス経済学好きは宗教の域
レベルではなく、その結果、マル経学者の数は世界一を誇ってい
る、21世紀の今でも、である。

 と、やはり訳文はぎこちなくて読める代物でもないが、直訳的だ
とそうなるわけだろう。


Dr. PeterSchmid

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