バラと生きる、バラを始めて14年目、喜び半分、苦しみ半分だが
私の育ったのは田舎の商店街通り、旧街道というか、何かと
いえば「宿場町」を売りにする。宿場町は数限りないが、さり
とて立派な本陣、脇本陣がそのままの姿で21世紀まで残ってい
る町もまた稀有である。最近は「倉敷の奥座敷」というのを、
セールスポイントのキャッチフレーズとしているようだ。大げ
さでもないが。で、何が言いたいかと言えば、育ったあの古民
家、それも改修で快適になればいいが、陰鬱な幽霊屋敷のよう
であった。狭い庭に松の木が、灯篭もあった。ガーデニングと
無縁な環境だった。家が農家なら、ガーデニングも農業の延長
というか、園芸農家的な気分で出来るかもしれないが。
2013年に初めてアンネのバラを一苗買ったのが最初、その由
来を聞いて、無性にバラ、アンネのバラを育てたいと思ったの
がスタートである。まだ本宅の庭で栽培が出来ず、そのバラは
職場二階のベランダで、水もろくにやれず、最終的には枯らし
てしまった。まったくバラの栽培も、園芸、植物の知識も皆無
だった。だが、よく咲いてくれた最初のバラだった。
本宅を解体し、新築、庭も多少すっきりし、バラを鉢でぼつ
ぼつ栽培を始めた。最初は知識もかけていたが、その割にはよ
く育ち、咲いてくれた。知識があればよく育ってくれる、もの
でもない。自然任せで意外にぐんぐん、はよくある話である。
最初は素焼きの鉢、重かった、その三、四年後からプラ鉢に。
バラ専用鉢である。だが素焼きの鉢の方がよく育つ気はするが、
われやすく、植替えに不利なのでもう素焼きの鉢は使っていな
い。
その後、鉢バラの数は50を超えていった。最初、数が少ない
とき病害虫はそれほど気にならなかったが徐々に病害虫に襲わ
れはじめた。コガネムシはバラの害虫の代表格だが、バラでも
栽培しなければコガネムシなどめったに見ることはないだろう。
むろん、アザミウマ、バラゾウムシ、ヨトウムシ、害ハチ、ハ
ダニ、さらに病気の多さ、春のうどん粉病、夏からの黒星病、
……何より毎日の潅水、水やりの負担である。冬剪定はいいと
して植替えである。その労力と廃土の処分、幸い、周囲に雑木
林があったので、・・・・・だがこれも問題がある。
しかしバラの美しさ、品種の多さは異例で、同じ種の植物で
何十も鉢で育てるなど他の植物ではあり得ないだろう。楽しみ
、喜び半分、苦しみ半分というところか、・・・・・
だがバラと生きる、は私の生活のコンセプトとなっているの
である。
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