エフトゥシェンコ『早すぎる自叙伝』1963,30歳前の青年詩人の述懐と想い。やや衒いが目立つ
1963年は翻訳が新潮社から刊行された年である。エフゲニー
・エフトゥシェンコ1933~2017,原書はその20歳代に発表され
た、まさに「早すぎる自叙伝」である。1948年に詩を初投稿、
1952に最初の詩集発表、ゴーリキー大学入学、1957年に退学処
分、なお1955年に第2詩集『第三の雪』、1961年『バビヤール』
でソ連のユダヤ人迫害への無関心を告発、という抒情とともに
社会性を帯びた作風の詩を連打していた。その直後の『早すぎ
る自叙伝』である。
とにかく早くから民衆では広い人気、支持があり、他方で共
産党殻が非難されていた当時のソ連青年詩人、といって20代後
半だったろうが、その自伝である。
1933年、シベリアで生まれ、反地主闘争で流刑になったとい
う曾祖父、赤軍の勇敢なる軍人だったがスターリン粛清の犠牲
となった母方の祖父などをもった革命的家庭に生まれ、8歳で独
ソ開戦に遭遇。自伝では早くから詩人的素質を示していた少年
時代の思い出から始まっている。
シベリアの自然に満ちた大森林がまず幼い彼に詩的精神を呼
び起こしたという。母親は詩人の道に反対したというが、詩人
への強い意志をもっていた。でも学校では成績は悪く、15歳で
家を出て肉体労働に従事。
だが16歳で早くも詩の才能を認められ、処女詩集の発表とと
もに作家同盟にも加入、なんとも順調過ぎるで出しだったが人
気の上昇とともに逆に思い上がり、個人主義的だなどとの批判
が巻き起こり、これへの反駁が後半の主な内容で、確かに通常
の自伝とは趣を異にする。
その間のいろんなエピソード、先輩友人のロシアの文学者、
文人、愛読した外国文学などへの思いも綴られているのだ。
だがこの自伝、早すぎる自伝は内容それ自体もさることなが
ら、当時、エフトゥシェンコの作品がフルシチョフの批判を浴
びたりとか、作家同盟の攻撃の的と成ったために必要以上に、
その出版が騒がれたということが挙げられる。だが、そういう
周辺の騒音をさておくと、詩人の目覚めのプロセスは興味深く
もあるが、別に取り立てて秀でた個性も感じさせない凡庸なも
のだろう。当時のソ連での状況を考慮しなければ、別に無視さ
れそうな内容である。
あのイデオロギッシュなソ連の体制下、何もかも正直には語
れないわけで、その中では比較的、人間性を示す発言を行って
はいるが、それがまた凡庸の極みである。もちろん、かなり、
執念深くスターリン批判を行っているのはフルシチョフのスター
リン批判後のことだけに、さして取るに足らない。だがそのフル
シチョフから批判を当時、浴びていたのだから実は結構、ショッ
クだったかもしれない。
20代後半でまだまだ衒い、気負いがまさっている。最初の文章
が「詩人の自叙伝、それは彼の詩作品のことだ。残りは注釈にす
ぎない」と言いつつ同じ文章をフランス週刊誌に寄せたというか
ら、たしかに「早すぎた自叙伝」だ。
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