スタイナー『青髭の城にて、ー文化の再定義への覚書』1968、T・S・エリオットの『文化の定義の覚書』への反論


 まずあのイギリスの高名なるT・S・エリオットの評論、1948
年の『文化の定義のための覚書き書』Notes towards the Defini-
tion of Culture への反論として書かれたもので、だからこそ「
文化の再定義の覚書」というサブタイトルをもつこの本が書か
れたのだ。「青髭の城」とは通常は「青ひげ公の城」というバル
トーク・べーラの作曲した一幕者のオペラの名前である。その城
で何重もの扉を次々開けていくと、・・・・・という趣向のオペ
ラである。

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 1948年に発表の高名なるノーベル賞詩人が第二次大戦における
ユダヤ人の大量殺害、絶滅収容所での虐殺をいう重大な問題に全
くふれることもなく、ただキリスト教的な秩序をくどくど説いて
御託を並べて文化の「定義」を論じたことへの痛烈な反論書なの
だ。

 ジョージ・スタウナー、Georege Steiner 1929年、パリ生まれ、
は問うている。東欧地域でユダヤ人問題の「最終解決」を行った
連中の中には、バッハ、モーツァルトなどの熱心な鑑賞家であり、
ときには演奏者である者が大勢いた。哲学者のハイデッガーは、
あの死の収容所のごく近所に住んでいて平然と晩年の高度な業績
に没頭していた。高度な哲学も、文化の伝統も政治に潜む野蛮な
残虐性の前には何ら効果を持つものではなかった、ということだ。
とすれば、文化自体に、元来、このような野蛮さ、残忍さを胚胎、
育てるという性格があるのではないか、・・・・・「文化の再定
義」である。

 「第一次大戦の勃発から第二次大戦の終わりまで、欧州とロシ
アで約7000万人もの人間が、戦争と虐殺と飢餓などによって死ん
でいった。その恐怖の様相が根底で考究されないような文化の定
義や分析論は私には無責任なものと思われる」

 スタイナーがこのような問題意識は、彼自身がユダヤ人、オー
ストリア系のユダヤ人であり、父親の先見の明でパリがドイツ軍
に占領される半年前にアメリカに逃れ、それで生きながらえたと
いうことがある。

 スタイナーが実体験に由来の大きな憤激、怒りを持つのである
が、筆致は、翻訳からも非常に冷静である。論述も論理に沿って
いる。感情に流されてという部分は少なく、明確な論理に沿って
いる。

 そのコンセプト、主張からすれば、近代ヨーロッパ文明を批判
すれば十分だろうが、スタイナーは現代ヨーロッパの第三世界へ
の態度を論じるが、

 「自分たちがかって奴隷としたものに対し、悔悟の姿勢となっ
た民族がこれまであっただろうか?自らの輝かしい伝統を道徳的
に告発し得た文明がかってあっただろうか?」

 告発だ。

 









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