広津和郎『トルストイとツルゲエネフの決闘』大正4年、どちらを貶して、どちらを褒めているのか不明な文章

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 さて、トルストイがツルゲエネフに自分の娘についてのツル
ゲエネフの文章への怒りで、ツルゲエネフに決闘を申し込んだ
、というのは世界文学史上の有名な話らしい。それについての
大正4年、1915年の広津和郎の『トルストイとツルゲエネフの
決闘』はそれについてのエッセイというか文芸エッセイだが、
実はこのエッセイに触発された相馬御風という人物が文章を書
き、これに対する反論めいた『相馬御風氏の「還元録」を論ず』
という広津の文章もある、

 ここでは広津和郎の『トルストイとツルゲエネフの決闘』に
ついて。

 まずその内容だが、このエッセイ自体が、文学評論というべ
きかもしれないが、あまりアクセスがよくない。青空文庫にも
広津和郎の作品はほとんど収録されていない。古書なら可能だ
が、

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 『トルストイとツルゲエネフの決闘』

 トルストイとツルゲエネフの決闘騒ぎは、今更説明するまで
もなく、誰でも既に知っている逸話である。真正直で、短期で
、自分の感情を少しも隠す事を知らないトルストイは、ふとし
た事から憤激して、その憤激を相手に向って投げつけずにはい
られなかったのである。処がツルゲエネフが静かに考えて云っ
た。『いや、僕はその決闘に応ずる事は出来ない。君と僕とは
要するに、性格が違うのだから』と。

 これは此両文豪の各相違した面目を実によく語っている面白
い話である。併しそれはとも角として、此逸話に就いて、相馬
御風氏が最近、こう云う意味の事を云った。自分は四五年前に
はツルゲエネフの冷静さを以て、トルストイの直情よりも偉い
ものと思っていた。ツルゲエネフがトルストイより決闘を申し
こまれて、それは互の性格の相違だ、こう一言の下によくも拒
絶したものだと感心していた。だが、近頃は自分の考えは違っ
て来た。自分はツルゲエネフの冷静よりもトルストイの直情に、
一層の価値と尊敬を置くようになった。何故トルストイの挑戦
をツルゲエネフは拒絶したか?自分は此処にツルゲエネフのト
ルストイより不真面目である事を見る。若しその時ツルゲエネ
フがトルストイの挑戦に応じて、此両文豪の間に決闘が行われ
たとしたら、どのように意味深いものであったろう。我等後代
の人々は、今より以上に大いなる教訓を、それによって得る事
が出来たであろう、と。

 これは或一派の批評家達の論のやり方を、思想の考え方を、
示す一例として此処に掲げたのであるが、一見非常に意味深い
ものに見えて(寧ろ勢いが好いように見えて)実は粗雑極まる
ものと云わねばならない。御風氏が自ら告白している如く四五
年前にツルゲエネフの冷静がトルストイの直情より価値がある
と思っていた事は、一方を知って他方を知らない無智な考えで
あったと云う非難を免れないのは確かである。彼がトルストイ
の直情を以てツルゲエネフの冷静よりも偉いと気の付いた事は
、彼の考え方が一段の進歩を示したと見えても差支えない。だ
が、こういう場合ややもすると陥り易いのは、トルストイがツ
ルゲエネフよりも偉いと云う事と、直情が冷静よりも偉いと云
う事とを混同してしまう事だ。相馬御風氏は完全に此の錯誤に
陥っている。人間の偉さはその人の傾向の種別によって定め得
べき」ものではない。その人格の厚みによって定められるべき
ものなのだ。その傾向のインテンシティによって定められるべ
きものなのだ。

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 全文でなく三分の二ほどであるが、結論はこの引用の部分
の最後あたりの文章で述べられている。人格の厚み、とは確
かに分かる部分もあるが、あまりに漠然。そもそもトルスト
イとツルゲエネフ、どちらが人格に厚みが?ちょっと無意味
に思える。

 正直、決闘騒ぎで、どちらが偉いか、を探るのもおかしい
が、常識的には決闘に安易に応じない方がいいに決まってい
る。だが必ずしも大正時代の日本でも、これが必ずしも常識
的な考えでもなかった、というのは教訓めいている。

 広津和郎の評論の論旨はよくわからない、と思ってしまう
言い回しが多い。この文章もそうだ。くどくど、何を言って
いる?と思ってしまうが、これはこれでそれなりの信念で述
べているわけである。

 だがトルストイとはよほど直情的で怒りっぽい男であった
ようだ。それであの500人もの登場人物の微に入り細にわたる
あの緻密で見事な『戦争と平和』が書けるのだから不思議なも
のだ。芥川が大正9年に両者を登場させた『山鴫』を書いてい
る。別に決闘について述べたものではない。

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