近代天皇制の悪弊は近代国家、政治家が利用し、支配する「天皇制」。皇室のことは皇室に任せるのが真の伝統!
高市早苗は長年の信念なのか、しきりに「男系天皇が伝統だ」
を力説、皇室典範まで「改正」しようという。それをメディアも
世論も当然視する。だが要はすべては明治政府の天皇制の政治利
用、近代国家の「天皇制」利用という、当然すぎる伝統に反する
非行が明治以降の日本において民衆にも叩き込まれ、政治家も、
「天皇制」の政治利用を当然視し、皇室支配を当然視という、ま
さしく「伝統」に反する愚行といほかない。国民も洗脳されてお
り、あってはならない政治家、国家の天皇制の利用、皇室支配に
いささかの疑問すら抱かないのである。
真の伝統とはなにか、明治以降の歪んだ「利用」される「天皇
制」を捨て去り、天皇家のことは基本、天皇家が決めるという当
然の伝統に戻ることであり、明治政府以来の悪弊の政治家、国家
に利用される天皇制からの離脱である。
だが明治以来、近代国家の創宗!した国家神道(近代国家の天皇
制の政治利用)で国民、メディアも洗脳された極みで、今日の高市
の記者会見にいささかの疑問すら抱かない、抱けないのである。御
用右翼学者の悪影響も大きい。
考えてほしい、最も求められるべきは天皇制の政治からの分離で
ある。明治政府の政治の道具として天皇制を徹底利用することこそ、
日本に大きな悲劇をもたらしたのである。真の伝統主義者なら皇室
が政治家の支配を受けることが最大の冒涜である。そもそも明治以降
の政治家、国家が「男系世襲」といって本来、天皇家に特段にそのよ
うな、おぞましいドグマなど持っていなかった。明治以降、天皇制、
皇室はひたすら政治家、国家官僚の道具として徹底活用され、天皇家
も近代国家、その政治家から独立した存在であるという伝統の気概も
失ってしまった。それが何ら変わることなく、今日にいたり、明治政
府のドグマ絶対の「保守」となってしまったのである。おぞましい狂
信になったのである。政治による神話と歴史の意図的な混同。万世一
系の虚構(当たり前だ,!)を政治利用する政治家、官僚機構。
日本国憲法でも「天皇は内閣の助言で~を行う」という国家の天皇
制の政治利用が明治憲法に引き続いて規定されたから、政治と分離し
て誰も天皇を考えることが出来なくなってしまった。あげくに天皇家
は政治家、官僚のがんじがらめの支配を受ける羽目となった。皇室の
人たちも政治家、官僚から誤った「伝統」を叩き込まれることで半ば、
洗脳されたのである。
私はかくの如く、高市が誇らしげに滔々と皇室支配を当然視しての
記者会見の言葉の羅列を聞いて、心底、政治家の皇室支配、道具化に
怒りを禁じえなかったし、それを当然視するメディアにもである。と
んでもない心得違いだが、現状では高市を筆頭につける薬がない。
この記事へのコメント
記紀の天皇は実在しない天皇もいて、高市が調子にのって出る場所ではありません。