マルタン・デュ・ガール『アンドレ・ジイド』年長の巨匠を厳しく見守る作家の眼
マルタン・デュ・ガール1881~1958,あの『チボー家の人々』
の著者である。まだ全くと云っていいほど無名の新進作家であっ
た頃、1913年11月にアンドレ・ジイドに初めて紹介された。それ
からというもの、二人の交友はジイドが1951年に亡くなるまで続
いたという。この本はガール、マルタン・デュ・ガールはその間
において文学者としての厳しい目で観察した、この大先輩と言う
べき作家についてのノートである。
まずはジイドがその折々に語った彼自身を語る言葉が記録され
ている。
例えば
「私は遺産のようになり、ひどく旺盛な性本能を受け継がねば
ならなかった。それは何代もの禁欲者たちが、意志の力で、抑え
つけ、ねじ伏せていたものであった。そして云わば私が、極めて
過重な荷物を背負わねばならなかった、というわけだ」
「私はこのことを為したから、もうあのことをすることが出来
ない。そう考えると、私にはやりきれなくなる。私は行動するよ
りも、他人を行動させる方が好きであった」
「私は死後に生きるなどということは決して空想しない。それ
どころか、死後の世界なというものは考えれば考えるほど、私に
は全然承服できないものであった。本能的に、知的にも、だ」
つぎにジイドの日常生活や彼の人間性について語られている。
ジイドがいかに家庭で暴君であったのか、いかにその妻に対し
て冷淡であったか、だ。いかに過剰過ぎる感受性を持っていたか、
まずは、いつもかれの取り巻き連中に甘やかされ、いかに他人の
心を占めている仕事や、そのお願望や、苦しみや。好みなどにつ
いては、なんら斟酌することがないか。そしてジイドが、著者と
ともに映画を観察中、ズボンを二枚重ねにしたいからズボンを脱
ぐのを手伝ってくれと頼み、デュ・ガールに厳しく断られたとい
う話も書いている。
デュ・ガールはジイドに対する深い敬意と友愛の情を披露しな
がら、ジイドの男色趣味や彼が軽率に政治の世界に踏み入ったり
、共産党支持になったりしたことに批判の眼を向けている。
そして
「ジイドが共産主義に身を投じたのは、政治的信念によるもの
ではなく、福音書的な熱意と希望に基づいている。そして彼、ジ
イイドがそれらから離れたのも、福音書的な失望の結果である。
・・・・・・要するに,帰依も離反も、常に変わらない彼の無邪気
さを自ずから示すものだ」と書いている。
特にジイドの文章の魔術について
「この小説の巧者は言葉の選択や、その配置や、また彼の文章
法の特異性、などの要因によってそれまで誰も云っていないうだ
けの思想に、独自の言い回しを与える技術にかけて巨匠と評価さ
れてきた。そこでジイドが何かごくつまらぬことを、文章の魅力
で飾ったような場合には、文章の魅力で飾ったような場合には、
多少ともそれに引き込まれない用心深さが必要になってくる」
何だか読みにくい翻訳だが、原文がそうなっているのだから
仕方がない。
ジイド理解のためには意味ある本だと思うが、異質で年の差の
ある二人の文学者の友情の書と見ても面白いと思う。
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