石川達三『心に残る人々』印象的な、石川達三が甘やかされた吉川英治を厳しく叱責する話。貴重な懐古談の宝庫


 1963年、昭和43年の文藝春秋から刊行された石川達三の『
心に残る人々』はまさに珠玉の懐古談でどれをとっても、まさ
に貴重な内容だ。谷崎潤一郎、谷崎精二の弟妹、養子にやられ
た妹は亭主とブラジル移住、そこで離婚し、三界の宿泊施設の
炊事婦、三男の弟は流れ流れて和歌山の旅館の下足番、いずれ
も石川達三は目撃している。誰も書き得なかった貴重なことだ。

 その多くの懐古談の中で私がもうひとつ、非常に印象的、と
いうべきか、意外なエピソードだが石川達三が増上慢の態度の
吉川英治を厳しく叱責した、という話である。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 吉川さんは伝説的に、良い人だった、温かい人だった、とい
うことになっている。ジャーナリストを大切に、深更まで酒の
つきあいもあったらしい。ジャーナリストも吉川さんを大事に
して、一方では散々甘ったれたりしながら、他方では吉川さん
を甘やかして居たこともあったようだ。吉川さんについて批判
的な言葉をほとんど聞かない。それは人徳の然らしむるところ
であったろう。

 しかしそういう事がいつとはなしに吉川さんを我儘にしてい
た点もあったようだ。一緒に旅行する時にも鞄は人に持っても
らう。車は他人が都合してくれる。自分は何もしないのが当た
り前のようになっていた。・・・・・

 年に何回かがゴルフ仲間で旅行することがあった。その時に
は重い道具があり、鞄がある。きっと誰かが持ってくれるので、
吉川さんはいつも手ぶらだった。それだけならいい。吉川さん
が手ぶらである一方、夫人がみな持たねばならなかった、・・
・・・・・夫人は貞女の鑑と言われたほどの夫人だったから、
それを当然と受け止めていたが、吾々の方が見かねて夫人を手
伝ってあげるのが例だった。だが吾々も自分の荷物は持ってい
るのである。吉川さんは咥え煙草でポケットに手を入れて、独
りでさっさと行ってしまう。私はいつもそれを見て腹に据えか
ねていた。

 ある時、そういうゴルフ旅行の帰り、・・・・一行、十数人
、伊東かどこかの駅から汽車に乗り込んだ、・・・・吉川夫人
が鞄が一つ見当たらないと騒いだ、皆で網棚を探し始めた。そ
のとき吉川は席に座ったまま、大きな声で夫人に

 「何してるんだ、バカ、ちゃんと気をつけろ」と叫んだ

 それを聞くと私は日頃から腹に据えかねていたものがとうと
う爆発した。
 
 「あなたは何を言うんだ。自分はいつも何もしないで鞄も人
に持たせておくばかりで、それで気をつけろとは何ですか!そ
んな不満なら自分で持てばいいじゃないか。自分の鞄くらい自
分で持つべきだぞ」

 誰も私を止めず、座ったままの吉川さんは、私の顔を見上げ
てぽかんとしていた。とうとう一言もいわなかった。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 これも非常に重要な貴重な懐古談である。「吉川英治、いい
人」というのが世間の通り相場だが、現実は問題も多かったわ
けである。家庭内も社会的行動でも、だ。潜行中の辻政信に、
逃走資金を渡したり、最初の妻につらくあたって離婚になった
り。「若いころ言い知れぬ苦労をした善人」と言い切ってしま
うのは大きな間違いのような気がする。文化勲章が佐藤春夫と
同時で文壇では、「佐藤春夫は気の毒だ。あんな通俗作家と並
んで受賞だからな」と。

 むろん、大衆小説で吉川英治の功績は偉大にしても大衆に受
けすぎ、あまりにチヤホヤされ、非常に我儘になっていた、と
いうのも石川達三の言う通りだろう。意義ある教訓でもある。

石川達三

 ダウンロード (5).jpg

この記事へのコメント