田宮虎彦『眉月温泉』1954,しみじみたる人生物語、だが不幸すぎ、切なすぎる
田宮虎彦の作品は基本、すべて不遇な人の人生を切々と綴る
ものだ。どの主人公もあまりに不遇で切なすぎる。『異母兄弟』
、『絵本』、『足摺岬』、『小さな赤い花』、『菊坂』、『牡
丹』、『異端の子』『銀心中』、『かるたの記憶』、『霧の中』
どの作品をとっても幸福な主人公は一人もいない。迫害され、不
遇で痛ましい主人公ばかりだ。単に不遇不幸を超えて真の魂を教
える作品として『幼女の声』が挙げられる。
さて『眉月温泉』は昭和29年、1954年に出た短編集でその表題
作ということである。その「あとがき」にこうある。
「私の作品としては、どちらかといえば、、物語性の多い作品
である。いはゆる面白い作品を書くことは、私にはむしろ苦手の
ことであるが、書いたあと、やはり深い愛着を感じるのである。
もっとも私の作品は、物語性が多いといっても、自ずから限度が
あるようである。多彩とは到底いえないであろう。しかし、私な
りに、貧しい人々や不幸な人々にかわって、何かをうったえてい
る気持ちだけは、読者にもわかってもらえると思う」
やはりこの短編集の作品、あとがきのとおりで、確かに物語性
があるといえばある。それは人の切ない人生、人間の一生をしみ
じみと感じさせるものである。作品の中に出てくる主人公は、そ
れぞれ何か謎めいたものを持ち、自分自身でもその謎を解こうと
している人たちだ。
さて、田宮虎彦は1911年、明治44年の生まれである。武田林太
郎が昭和11年、1936年3月に「人民文庫」を始めたとき、民田虎
彦はその執筆同人に参加した。同年に都新聞社に入社している。
早期から作品の主人公は常に不遇で人生や社会に苛め抜かれて生
きているのだ。
『眉月温泉』は、かなり由緒ある温泉の女主人となるはずだっ
た主人公の眉美が、その与えられた運命を当然のこと、受忍すべ
きことのように疑わず、「おひいさま」と呼ばれて成長していっ
たのだが、母が男の子を生んだために、凡庸な結婚をして、あげ
く家出してしまう。そこで大陸まで渡り、戦争が終わって、どこ
へ行ってしまったのか、わからなくなってしまう、・・・・・と
う、これまた不遇な物語、その人生である。
眉美に捨てられた夫は、彼女の妹と結婚するが、最後まで眉美
の運命が心に絡みついている。この作品では、では誰が不幸なの
だろうか。無論、幸福とは思える道理はない。不幸といえば不幸
だが、不幸の程度は他の作品の主人公ほどではない気がする。
過去に秘密を持ちながら、死に至るまで、その秘密を他人に明
かさず、陰ながらその人生を見守ってきた子の死を聞くや、急に
老化して死んでしまうという女の話など、田宮虎彦の人生への考
え方もにじみ出ている。
猪野謙二はその「田宮虎彦論」において、「もともと田宮の
方法は、彼自身の心情における真実を核とし、これを現実の素
材にもとづくディテールによって押し広げていくのがその特徴
であり、対象の分析的な処理からはいって、そこに人間や社会
の真実を突き止めてゆく、というものでなかったか」
わかりにくい文章だが、要は田宮虎彦が詩的な精神をバック
ボーンとする作家ということではないだろうか。
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