武田泰淳『貴族の階段』1959,創作意図が理解できない。本当にぎこちなく不自然でお粗末の一語に尽きる
二・二六事件と華族社会、何か三島由紀夫が喜びそうなテー
マみたいだが、武田泰淳にもあった。無論、ニ・ニ六をテーマ
にした小説は多いと思うが、そこに「華族」が絡む。時代は、
まさしくニ・ニ六事件の前夜。登場人物と云えば公卿の子孫で
政界に隠然たる影響力を持つ西の丸公爵一家。で話は西の丸公
爵の娘、氷見子の書いたメモで進行する。
ただ私が武田泰淳の小説を読んで感じるのは、小説を構成す
る、その筆致が本当に冴えない、というのか。小説を書くのは、
かなり書いているが向いた人ではないということだ。といって
は失礼だが、この作品は特にそれを感じる。
氷見子の祖父は沼津に隠居している。元老として政界を超え
て影響力をもっている。兄の義人は見習士官で近衛第ニ連隊に
所属している。義人は陸軍大臣の猛田大将の娘、節子に恋愛感
情を持っている。だがその節子は素行が悪く、女にだらしがない
西の丸公爵と出来ている。そのことは女子学芸院で節子の同級生
の氷見子も知らないのだ。
陸軍の青年将校たちは東北に娘の身売りなどが続発の困窮化に
苦しむ国民をよそにする政治への不満が高まり、クーデターの不
隠な動きが生まれ、緊迫化していた。貴族院議長の西の丸公爵は
、箱根の別荘で元老の父と政局について意見を交わした。そのとき、
氷見子は節子とともに、別荘に行った。そこで父と節子がすでに特
別の関係があると見抜いた。人生への疑念を抱いた氷見子はアメリ
カ大使館員と出来てまう。さらに男漁りをする。その一人に右翼の
理論家の東洋学者O博士もいた。
二・二六事件の前日、O博士は西の丸公爵に、青年将校たちが彼
を暗殺すると警告する。その御蔭で反乱軍の襲撃部隊が西の丸家に
乱入したときは、すでに消え失せて無事だった。氷見子の兄の義人
は湯河原の襲撃の部隊に加わる予定だったが、出発の前夜、氷見子
に睡眠剤を飲まされ、集合に遅れる。そこで彼は自殺する。節子も
公爵との関係を生産の時期と悟って、遺書を残して自殺する。
だいたい、こんな話の筋だと思う。でもO博士は大川周明、で他
に近衛文麿、西園寺公望という歴史上、おなじみの人物をモデルと
しているのはすぐ分かる。でも西園寺と近衛が親子の関係というに
等しい設定は滑稽である。皮肉でそうしたのかどうか。武田泰淳流
の風刺なのだろうか。でも公爵と元老の政治などについての議論は
あまりに幼稚な政治論で失笑してししまうレベルだ。
だとすると17歳の節子と、貴族院議長との関係を中心に書こうと
した?のだろうか。でも何とも、不自然なあり得ないような関係だ。
氷見子がいきなり二人の関係を発見したというが、これも滑稽だ。
挙句に人生に疑問をおぼえた氷見子が人生の疑問とやらで旧にアメ
リカ人やO博士、大川周明などと関係を結ぶというのも唐突と言う
より、苦笑するしかない。これらも人生喜劇だというのか、二・二
六事件という凄惨な大事件を織り込んで、・・・・・どうも創作意
図がよくわからない。
いろいろ書いているが、『森と湖のまつり』と全く同じように、す
べてがバラバラである。政治小説なのか、エロ小説なのか、人生喜劇
なのか、全てが上滑りだ。まともな精進をして書いた作品とは思えな
い。
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