安岡章太郎『小説家の小説論』1970,ユニークな作家が斬りおろす小説論
タイトルは『小説家の小説論』と何か勿体をつけた感じで、
何か安岡章太郎らしくないと思ってしまうが、実は1969年、
昭和44年に1月から12月まで「毎日新聞」に掲載された「文芸
時評」をも収録だ。大阪万博、EXPO’70の前年、三島由紀夫の
乱入割腹の前年である。大学紛争の荒狂ったが臨海工業地帯が
建設され、高度経済成長の真っ盛りだった。あれほど活性に満
ちた時代はもうあり得ないだろう。
で乱入の前年の三島由紀夫は「楯の会」を設立、民間反革命
の軍事行動隊、というべきか。
1969年11月の文芸時評では、三島由紀夫の一つの短編を取り
上げている。そこで当時、話題の三島由紀夫設立の「楯の会」
について言及し、「それにしても彼らをホテルの従業員と見誤
たのは私の不注意のせいばかりではない。もともとドアマンは
衛兵なのだから楯の人には違いない。ただ彼らは私企業に雇用
された醜の御楯ではないわけだから、楯の会も私的なグループ
で何にしても公共の楯ではない」それから一年後に、三島は楯
の会を率いて自衛隊総監に乱入、割腹介錯という大事件という
のか、珍事件が起きたのだ。どこまでも健全なる常識を安岡は
持っていたのだ。
作家論として単行本化されたわけだが、実態は全集や文庫で
の安岡の解説、また個人、文学全集の月報の安岡の文章である。
それらを作家論、小説論としてまとめていて、全体の三分の二
は作家論であり、志賀直哉、谷崎潤一郎、佐藤春夫、梶井基次
郎、井伏鱒二、小林秀雄、石川淳、高見順、梅崎春生、庄野潤
三、吉行淳之介、阿川弘之。遠藤周作、山川方夫という十四人
についての安岡のざっくばらんな文章だが、なかなか斬りこん
だ内容だ。だからその文章のスタイル、長さもさまざまである
が安岡の文学を見る鋭い視点が光る。
志賀直哉論は多くの文学者が書いているが、安岡はまず最初
に阿川弘之と安岡との交際、交渉が会話体で書かれ、実に小説
的だ。興味深いエピソードやゴシップも書かれている。安岡の
文章は心にしみこみ、読みやすい。
安岡は冒頭に志賀直哉論を置き、結果、志賀直哉を深く考え
る気になったようで、のちに実は『志賀直哉私論』とした独自
の本として出している。
安岡の文章は納得できるもので読みやすいが、実に小説家ら
しい小説論には確かになっている。そんじょそこらの文芸評論
家の及ぶところではない。先輩作家の井伏鱒二、高見順にも親
しく接していて影響もうけた人物についての論は鋭いし、面白
い。
「高見順といえば、怒りっぽいことで有名だった」という書
き出しから、その怒りの高見順の多くのゴシップを述べて、「
最後の文士」と自称した高見順について
「これは文学が天職であり得た時代と、職業でしかなくなっ
た時代の差というだけではなく、まだ文士が存在し得るかどう
かではなく、あらゆる職業が人間とのつながりがなくバラバラ
になり、天職でなくとも全部の職業が、みな自分で最後だとい
う、まことに凄惨な事態を高見さんは考えておられたのかもし
れない」
ここはちょっとわかりにくいと思うが、文士の文壇ではなく、
まず出版社のものとなりつつある、現代における作家の肖像と
しての鋭い洞察だろう。
井伏鱒二論もさすがにいい部分をついているとは思う。ただ
、すべての取り上げた作家でうまく論じられているわけではな
い。谷崎などは安岡がどうも論じにくい作家だろう。それはかな
り露骨に出ている。
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