広津和郎『同時代の作家たち』岩波文庫、交流あった作家たちを好意的に暖かく描く
刊行時期が終戦後しばらく過ぎた昭和26年、1951年。わりと
最近まで岩波文庫、緑で出ていたと思う。最初は文藝春秋新社
からであった。
小説家と言って実際は文芸批評家というが批評精神、それが
高じて社会批判精神で松川事件の弁護に一身を賭した広津和郎
である。文学については決して妥協しないし、おざなりな言動
はやらない。その後の「異邦人論争」がその例だ。早くから時
代感覚に優れ、社会的視野が広かったのである。その広津が同
時代の作家たちについて
「創作を書く時の、正面から四つに組むような気持で書いた
作品と、随筆風に気軽にその横顔をほんのスケッチのつもりで
書いた作品」の両方を集めたのがこの本であるという。つまり、
「小説」というのが基本スタンスであったわけだ。
取り上げられた作家は、宇野浩二、芥川龍之介、菊池寛、島
村抱月、田山花袋、近松秋江、牧野真一、三富朽葉、今井白楊
、直樹三十五、正宗白鳥、志賀直哉で、三富朽葉など今の世で
、また今井白揚など知っている人はいないだろう。ともに詩人
で早稲田である。
なお画家の小出楢重も取り上げている。『蓼食う虫』の画家
である。広津はこれらの人たちとの交友の思い出を中心として、
その人物を語り、さらにその文学まで論じている。ここらは、
さすがに小説家というべきで(それもうまい下手はあるだろう
が)それぞれの人間性、風貌姿勢の表現描写がまさに巧という
べきだ。「厚意の持てる事柄しか書かなかった」という通りで、
読者をうならせ、感動させ、微苦笑させるようなエピソードが
どこまでも主体である。いってみれば読後感がいいのだ。この
作品を読む限り、小説家とはいたって善良な種族だ、と思わせ
るのである。別に広津が大甘で書いたというわけでもなく、「
主として自分の好意の持てる作家のことしか書かなかった」ため
だろう。
同じく苦しい文学の仕事に携わる友人たちへの温かい親愛の
情というものだろう。強度の神経衰弱から精神に異常をきたし
た宇野浩二が深夜に往来の真ん中で、老母と妻と廃人同様の兄
を抱きかかえるようにして、大きな声で「これだけが宇野浩二
の家族だぞ」と叫ぶ下りは、感動的ですらある。
述べられた作家には白鳥、田山花袋、志賀直哉のような先輩
もいれば、牧野真一のような後輩作家もいるが、基本的には同
じ時代のライバルであり、その張り合ったという作家たちの方
が文章にも緊密さを感じる。やはり広津の批評的文章であり、
のびやかにして厳正さがある。
逆に志賀直哉についての文章は、妙に位負けしていて、らし
くもない弱々しさがある。だが自殺直前の芥川と精神を病んだ
宇野浩二との友情を描いた「あの時代」、また菊池寛、島村抱
月についての文章は余すところがない。あの、実は何だか正確
に記述しにくい菊池寛を初めて真髄を過不足なく描き切った、
あるいは最初の文章かもしれない。
実は広津にとって島村抱月は恩師なのだが、「破滅までの一歩
一歩を、ごまかさない明晰な頭で、じっと見つめながら死んでい
った」という誠実だが、非常に憂鬱症で怠惰な思い切りの悪いと
云う文学者への広津の深い共感は広津の意外な半面を語っている
ようだ。
述べられた作家たちは、いずれも優れた文学の資質を持ってい
たが、それらの作家を通じてのあの時代のインテリ層の気持ちが
柔らかに読者にも伝わってくる、その後味がいいのだ。
この記事へのコメント