フィリップ・ギップス『お前の敵」吉田健一訳(小山書店)第二次大戦末期、ケエニヒスベルクからの撤退から始まるドイツ人を描く


 ドイツ軍の司令部がケエニヒスベルクの市民に撤退を許容し
たとき、時すでに遅しであった。バルチック海に面した東プロ
イセンのこの港町、あの哲学者カントが生涯過ごした町だが、
・・・・・ともっかうこの港町の市民は荷馬車で、徒歩で、わ
ずかの、なけなしの食料を携えて西方向、ベルリンに向けて雪
の降りしきる街道を進んでいった。その避難民の群れの中に二
人の子供、また赤ん坊を連れている若い母親、ヒルデがいた。

 その頃、ケエニヒスベルクから60㎞ほど離れた村落では少数
の孤立したドイツ軍が、ソ連軍の怒涛の進撃の攻撃の中で次々
と倒されていた。彼らはスターリングラード包囲戦に敗れて撤
退した生き残り部隊だった。その中にいたレエバア軍曹は、百
姓家の納屋を背にして、寒々とした戦場を放心したように眺め
ていた。ソ連軍の集中砲火の中で、彼の戦友たちが一人、また
ひとりと倒れていった。彼は長い戦場での生活を経験しており、
少年から青年になり、さらに青年から彼の心は老人にさえなっ
ていた。彼は、人間も民族も歴史さえも、運命の軌道を進むだ
けだと思い込むような、諦めの心境になっていた。彼は運命論
者になっていたのだ。

 彼は、レエバア軍曹は車で後方部隊に連絡するため、雪の街道
を走り出した。途中で道に迷った彼は、避難民の群れの中に入り
こんで動けなくなった。そこへソ連軍の飛行機が爆撃を行ってき
た。車を焼かれ、負傷した彼は、馬を殺され、車も失った避難民
と一緒に近くの町のユダヤ人宅に宿を求める。そこで彼はヒルデ
を知った。母性愛に満ちた、美人のヒルデは戦争に疲れ切った彼
にもう一度、青年の気持ちを呼び起こした。だが傷の癒えた彼は
再び、第一線の部隊を追っていく。ヒルデは避難民輸送の貨車で
たった一つの安全な場所と信じていたベルリンに向かっていく。

 だがベルリンも安全な場所ではなかった。イギリス空軍は爆弾
の雨を降らせていた。一日ごとにベルリンは廃墟になっていく。
ヒルデの赤ん坊は逃避行の中で死んで雪の畑に捨てられた。彼女
は二人の子供を連れて、さらに両親のいるバイエルンへと困難な
旅を続ける。

 その間にソ連軍はオーデル河を渡り、ベルリンに殺到してくる。
ヒルデがミュンヘン近くの彼女の両親宅に着いたときは、バイエル
ンは米軍に占領されていた。

 ヒルデの父親は共産党員の密告で戦犯の烙印をおされ、連合軍に
逮捕される。敗戦国ドイツには恐ろしい食料不足が待っていた。闇
で食料を得ないと人々は生きていけない。女たちはタバコひと箱で
身体を売り、闇の料理屋が繁盛し始める。ドイツ人たちは、自分た
ちが戦争で何をやったか、を忘れて目の前の米軍を批判し始める。

 一面の廃墟となったベルリンでは、人々はモグラのように地下に
潜行した。最後の戦争で左腕の自由を失ったレエバアはシミだらけ
の軍服でその地下室の一つに鍋一つ持って多くの人と居住している。
彼はヒルデを思い起こし、バイエルンへ壊れそうな貨車で向かう。
ドイツアルプスの自然とヒルデの愛情は彼に徐々に新しい希望を与
えた。彼がヒルデと結ばれようとしたとき、ソ連の捕虜となってい
たヒルデの夫が送り返されてくる。

 レエバアは再度、ベルリンの地下室に戻っていく。彼は友人に向
かい、「ドイツ人は西と東のいずれにも戦うことを拒絶し、精神の
自由を守ることを新しい信仰とせねばならない、自由、博愛、平等の
昔のフランス革命のお題目を、人間にとっての至上の価値とせねばな
らない」と青年に戻ったように言い放った。ドイツを覆う暗雲の彼方
に彼はかすかな光を認めていた。

 庫者のギップスは第一次大戦後『それから後』という作品を世に送
った。傑作との評価がある。この『お前の敵』で再度、ドイツを舞台
の作品を送り出した。共通のテーマはやはり世界の平和であろう。

  philip Gibbs 1877~1962

1945, Thine enemy   邦題 お前の敵

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