除け者のオーラ、現実ばかりでなくSNSでも除け者になるのは「オーラ」のため
この世の人間は「除け者」と「除け者でない」の二種類に
類別できる。除け者はとにかく、どこへ行っても、あらゆる
機会に除け者になってしまう。これがエスカレートすると、
正規雇用を絶対にされないという、孤独で不遇な人生となる
ことも結構ある。むろん、社畜にならずに済んでマイペース
に生きられる、というのはプラスではあるが、なんでも絶対
にいいものもなく、絶対に悪いものもない、にしても不遇性
は否定しようもない。
さて、ここで考えたいのは実生活、現実で友人も少なく、何
かといえば、除け者になりやすい、イジメの対象になりやすい、
というタイプの人間は間違いなく存在する。しかも程度の差は
さまざまでも、決して少なくはない。
で、SNS、ネットで、と考えた場合、誰も知らない、自分を
知らないはず、である(であった人としか友達にならない、と
云うなら別だが)。全くあったこともなく、自分を知らない人
ばかりなのに、例えばYouTubeにコメントした場合、他のコメ
ントとさして変わらない内容なのに、他のコメントには何百も
「いいね」があって「現実の除け者」のコメントには一桁、し
かも数個以内、なんてことになるケースもある。これも考えれ
ば不思議である。誰も自分を知らない。知らないはずで、同じ
ようなコメントを書いて、「いいね」がつかない、避けられて
しまう、これぞ不思議なオーラである。
もちろん絶対ではない、例えばfacebookのグループサイトで
は除け者オーラ的な面は弱くなるが、それでもその傾向が消滅
することもない。
いかに注意深く除け者のオーラを消そうとしても、消すこと
ができない、できにくい。、のである。もしかすれば「名前」?
とも考えにくい。だが、これぞ除け者のオーラというものであ
る。紛れもなく存在するようだ。純粋にネットに生きようとし
ても「除け者オーラ」はある。
だが重要なこと、除け者オーラを劣等感の材料としてはなら
ない。そのオーラゆえに逆に得るものもあるのである。
この記事へのコメント