長田新『原爆の子』(岩波文庫)被爆した子供たちの手記を集めたもの。永遠、普遍的な価値を失わない
映画化もされ、よく知られているはずの作品であり、現在
も岩波文庫で刊行されている。初版刊行が昭和26年、1951年
であったから終戦後6年目の慣行となるえ。この本は原爆で亡
くなった人たちの七周忌の年に、広島大学教育研究室が中心と
なり、広島市内ならびに市外の郡部の小、中、高、大の生徒、
学生で肉親を原爆で失った人たちに広く呼び掛けて、当時の辛
い、怖ろしい、悲惨で悲しい思い出を書き綴ってもらい、その
一部を選んで本としたものだ。だから多数の体験記、手記が収
録されていて現在は岩波文庫でも上下、二巻となっている。
長田新教授の序文が非常に長く、小学生の手記42篇、中学生25
篇、高校生31篇、大学生7篇となっている。
一人の少女が「私は、戦争のことを考えたり、原子爆弾が
落ちた日のことを思い出すのは本当にきらいです。ご本を読ん
でも、戦争の所はとばして読んでいます。映画ニュースで朝鮮で
の戦争の場面が出るとぞっとします。学校で宿題として出された
ので、いやいやながら、こわごわと思い出して書いています」と
ある。実際、その体験となれば書くものにとっても、いかに辛か
ったかかである。その場に居合わせた者でなければその真の恐怖
は分からないだろう。
随所に出てくる「ぼくの名を呼ぶ姉の声が聞こえる。姉を見た
とたん、ぼくはびっくりした。血で真っ赤に染まって立っている。
自分を見ると、両手両足の皮がむけて、ぶら下がっていた」という
惨劇の記述。
徐々に広島の街も復興はするが、ピカドンで肉親を失った人、特
に両親を失った子供たち、は悲惨であった。
「日本人はなぜ、人のことでも、悲しみ、苦しみを分かち合おう
としないのでしょうか。私もあの時、家の下敷きになってそのまま
死んでいた方がよかった気もします」と毛生涯消せない、ケロイド
を持った高校二年の少女の訴えである。
これらの手記の中でも「鬼が来る、鬼が来る」と云いながら人々
が死んでいった、地獄そのままの中で発揮された人間愛の記述も数
多く見出される。だが長田教授の言う如く、「人間のその偉大さが、
余りに悲惨なこの地獄の中で発揮されねばならなかった、というの
はまた、なんと悲しむべきであろうか」
とかく右に流れ、戦争加害も戦争被害も口にするのは非国民的な
誤った風潮、岩波から連綿と刊行され続けられるのは大きな偉業と
もいえるだろう。
副題に「広島の少年少女のうったえ」とある。「ぼくのいちばん
きらいなのは、せんそうです。いまのちょうせんせんそうも、はや
くやめたほうがいいいです」5歳の子の記述だが、これを天の声と
受け止めるべきだろう。いつまでたっても無意味な戦争にうつつを
ぬかす人類、この言葉は永遠に不滅だろう。
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