山代巴『民話を生む人々』1958(岩波新書青版)かっての、現在の農村と異なる過去の農村についての記述で古すぎる内容
広島府中市出身の山代巴(やましろ・ともえ)は1959年
に山本薩夫監督で映画化もされた『荷車の歌』の原作者とし
て知られているが、実は長い期間、文学活動を行い、大きな
業績を残した作家であり、狭義の農民作家という括りだけで
なく民衆文学の樹立、1980年からの『囚われの女たち』全10
巻など、偉大というべき作家であった、と思う。
この『民話を生む人々』は岩波新書で長く出版され続き、
さらに新版も刊行された。1956年に代表作世もなった『荷車
の歌』その次の著作である。
ただ描いた舞台が戦後しばらくの農家の状況で、それから、
およそ様変わりした、劇的に農民の減少した現在からすると
「昔の話」的な印象を受けるのは仕方がないことだろう。
この本のタイトルっを「民話を生む人々」を著者が名づけた
のは、毎日、忙しく働き、書く暇も読む暇もないが、創造的な
知恵を働かせて、環境を変えた人々のことを書いたからだ、と
「まえがき」に述べられている。本当のことを言えない、言い
にくい環境から、本当のことを堂々と言える環境に変えること
により、そこから民主的な人間関係の糸口を作り出そうという
著者の広島県下の農村における運動の、いわばその報告という
べきものだ。
戦後の農家の女性、特に嫁の位置、といえば最早、昔の話で
あるが、確かに戦後長らく、農家の嫁の立場は問題とされてき
た。集団で学び、集団で行動する機会が多くなっていったが、
そこで本音はなかなか話せない。それこそが真の近代化を阻む、
日本人特有のあきらめの精神構造、みれくればかり意識し、結
果抜け殻根性に由来しているという。もう今は過去のものでし
かない農家の「婦人会」の活動も、行政の生活改善指導も、決
してうまくはいかないという。
むしろ生活改善で知事や大臣や新聞社から表彰されて見学者も
来るという村の赤ん坊が実は標準の発育のレベルにさて達してい
ないという事実からも分かるという。
戦後しばらくの農村、農家の状態は現在では想像しにくい事柄
が多い、からもはや売れる本とは思いにくく、だから岩波新書青
版新版も絶版になったと思うが、歴史的な意味合いだけでなく、
実は現在の農村の問題にもそのまま通じる農村の、農家の要因が
あるわけであろう。
著者、山代巴はそのような状態の打開のために「どこの誰だか
分からないが、よそにも似た物がいる話」の形でめいめいの本音
を引き出し、お互いを傷つけるわけでもなく、集会を楽しく発展
させることを思いついたというのだ。
たとえば著者が農家のある爺さんからの話
「あんたの言うことはようない。世の中にゃ、男が大将して
おなごがいじめられているようにいう人が多いが、それはちが
う。うちじゃ婆さんが大将じゃ、婆さんは誰の言うことも聞か
んよ」
そこで著者は婆さんの取材を行い、次の婦人会で婆さんの繰り
ごとを話すと、集会では大いに笑いを誘ったという。
とまあ、今とは異なる、過去の農村の話で内容としては古く、
歴史的な意味合いがあるが、現状の解決など、将来に向けては
全く無意味な本となっている。かっての農村、その民主化運動
を目論む著者である、雑多な内容が結構、すっきり整理されて
いて独自の価値があるだろう。
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