川口松太郎『古都憂愁』1966,京への切々たる慕情、NHK銀河小説(1970)にもなる珠玉の十二篇
川口松太郎は『愛染かつら』で初回の直木賞受賞作家で、ま
た映画にも深く関わった。その映画が京都とのつながりになっ
たのだろうか。浅草の出身で江戸っ子だが、今日のいのちへの
慕情を語ったなかなかの好著だと思える。私は長く京都に縁が
さっぱりなく、やっと十年くらい前からわりと頻繁に訪れるよ
うになった。正直、多くの古い文化歴史的なものが残っている
が、単に「古都」と決めつけるのもどうかなと、感じられる部
分はある。もっとも私は京都をまだ知らなさすぎるわけだが。
でも川口松太郎の京都への造詣は無論、非常に深い。
京都がいわゆる王城の首都を失い、そのため文字通りの古都
となってもう長い時間が過ぎている。川口さんは「京の町町は、
路傍の一本一草にさえ、歴史の跡が偲ばれて、人の目にもつかぬ
片かげにも、びっくりするような史跡がある」と述べている。長
い歴史の影を深く宿した京の町は、何を息づいているのだろう。
「京都中の、好きな場所を一つ上げろと言われたら返事に困っ
てしまう。何処もみな好きだ」というのだが、この本には十二篇
の話を収録して京を語っている。語るものは京のいにちである。
流離歌人と自称した吉井勇が
「うつし世の昔の華奢の空しさをおもひかへしぬ隠れ住みつつ」
というような気持ちになって狭斜の巷を遠ざかり、似合いの佳人
と共に洛北に居を構え、乏しさを楽しんだ姿を、川口さんは「誠に
好ましい文人の晩年図だ」と評しておられるが、川口さんの愛する
京のいのちも、まことに好ましい都の晩年図を描き出している。
「京都の寺社はどれも同じで、新しいうちは、今のような品のあ
る建物ではなかった。宇治の平等院かて、関白頼道の作った当座は
、いやらしかったやろ。年代が経るにつれて古びやさびがついて、
奥床しゅうなってくる。人間かていっしょや」
と川口さんはこの中で語るが、若く美しかった京女たちの、人生
の憂苦をつくして至りついたという清い憂いを語りながら、
「ここにこそ、古い都のいのちを、そのままに息づく女たちがい
る」と指し示す。
「死んだらいやどっせ。よろしか。長生きしておくれやすや」と、
歳月の描く人生変化のあわただしさに沈みながら、ふりかえって云
う昔の名妓万条の涙を
「何もかも、全てが過ぎ去って、残ったいのちを大切に思う涙で
あった」
としみじみ語る。まず川口さんも同じ涙で古都のいのちを見守っ
た人なのだろう。両親の名前もわからないという濁流に生まれ、そ
こから作家、映画、芸道などで登りつめた生涯も、そう思わせる、
すなおな慕情が読者にしみとおるような珠玉の十二篇であろう。
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