武田繁太郎『風潮』1954,あまりに明治大正の自然主義的というべきか、被差別部落問題がテーマ。どこにもパッションがない。
まず武田麟太郎(1904~1946)というかなり著名な作家と
名前が似ているが、むろん、まったく別人である。武田繁太郎
は1919年、兵庫県生まれ早稲田卒。1986年没。「芦屋夫人」と
いう言葉の創出者である。だが現在は全く知名度がない作家で
はある。この本も全くの古書で入手はいたって「日本の古本屋
」などからのネット購入などに限られる。
1954年、昭和29年に筑摩著房から刊行された武田繁太郎著
、作品集「風潮」でその帯には田宮虎彦の推薦文があり、「
風潮は武田氏が世にその力量を問う作品」だそうである。だ
が実際に読むと、その畳み込む迫力ある筆致には驚かされる。
だが、何ともセンスというのか、その雰囲気が古すぎる、あ
の刊行された時代でも古いと感じられただろう。センスがま
るで明治、大正の頃の自然主義文学のようなのだ。
『風潮』は続く『逆潮』、『落潮』と合わさって長編小説
となる。この本には、その三部が収録されている。
一夜の宿を借りた布教師が残していった子である秀観は、
中学を好成績で出ると生家の明善寺を飛び出し、最後国の寺
々を布教師の代役としてわたり歩く。持って生まれた弁舌の
爽やかさと美男子ぶりで行く先々で女を作り、生活は荒むが
、神戸で彼の説教に惹かれた女、菊乃と同棲する。マッチ箱
張りの内職で、なんとか生きていく窮乏の生活を送りながら、
秀慣の放蕩は激化の一途だった。その果てにかれは、ふとし
たきっかけで、人のいやがる被差別部落の寺の住職に納まっ
た。
そこで20年ほどの歳月が流れ、秀観は被差別部落に溶け込
み、かっての放蕩は過去の話になったが、内心はこの部落か
ら出て独り住まいをすることだけを考えていた。菊乃との生
活は続いていた。太平洋戦争も激化の一途、その頃、、秀観
は吐血し、あっけなく死んでしまう。
第一部「風潮」は秀観の一代記だが、何か最後をはしょった
感は否めないが、逆に簡潔な伝記らしさを醸し出す。
第二部は『逆潮』、一人残された菊乃は戦後のどさくさの中
での物欲と楽隠居への執念による悲喜劇の人生模様だ。女の浅
はかさからか、強引に迎え入れた養子の崇俊、大卒が実は寺の
ののっとりを策する悪人とグルで、さらに菊乃自身が忌み嫌っ
た被差別部落出身者であった。菊乃は崇俊を追い出そうとする
が、その出自を知った部落の人たちが逆に菊乃を排斥し始めた。
第三部「落潮」は最後は追い出され、料理屋の女将になろうと
菊乃が部落を抜け出す、…‥なんて書くとばかばかしいような、
大時代的で失笑しかねないが、それがどうして、一気の読ませる
ような迫力に満ちているのだ。筋だけ見ればアホらしいようだが、
実際は違うということだ。・・・・だが何か読んでも何もまた
感じない、ただ外面的に描くのみでしかない。どの登場人物にも
何か血が通っていないというべきか、同じテーマでも『破壊』な
どと全然異なるのだ、すべてが道具建てに終始している。たしか
に自然主義的!な客観小説だが、どこにもパッションがない。
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