佐野洋『ある状況』1963,短編集、その中の『ある実験』
古くは佐野洋を日本のウィリアム・アイリッシュと呼ぶ人も
いたそうだ。でも私はウィリアム・アイリッシュなる作家をよ
く知らないが。この短編集は力んで書いた感じでなく、何かの
びのびと書かれているとでもいうのか、やはり才能を感じさせ
る、だから才筆というのだろう。トリックの巧妙さ、それと女
のさがの悲しさが漂う。ここが魅力だろう
七篇の短編が収められている。全ての作品名の「ある」が冠詞
のように付けられている。『ある実験』に始まり『ある証拠』、
『ある事故』、『ある通信』、『ある失踪』、『ある過失』、『
ある自殺』で互いに独立はしているが、作者の意図は同じ主人公
が状況に応じてどう反応するか、という前提で書いたという。た
だそうなると、小説作法として一種の不手際を感じさせる。各、
タイトルがいかにもバラバラである。
で最初に置かれている『ある実験』
「私」は井川の妻の死を知って、妙に気持ちが揺らいだ。井川
は「私」(女性)の情人である。「私」がなした、あのことが井川の
奥さんを自殺に追い込んだのかも知れない、と思ったからだ。
「あのこと」とはもう21年前のことだ。それは今でも私の心に
癒しがたい傷を残している。父親は仕事でいつも家をあけていた。
私は父の外出先からよく呼び出されていた。そこには、きれいな
女性がいつも父のそばにいた。それが芸者衆とは当時はよくわか
らなかったは、その中に一人際立ってきれいなひとがいた。この
特段にきれいな人と父がただならぬ関係であった、のかどうか、
明らかに親密そうだった。正直、私はこの二人に気を使った。
私は母より若い、美しいその女性が好きだった。ある日、私は
この女性にお風呂に入れてもらった。髪を梳かし、新しく結んで
もらった。私はいそいそと家に戻った。母は私を見て二つ、三つ
尋ねた。答えているうちに母の顔色が変わった。目を吊り上げた
母は嫌いだった。うるさかった。「私、お母さんなんか嫌い、あ
の人はとってもきれいで優しい。私は好きよ、お父さんもそう言っ
てるわ」と叫んで、家を飛び出した。母が自殺したのはその直後だ
った。
私は結婚し、別れ、井川と知り合った。井川にか可愛い娘さんが
いら。ホテルのプールに泳ぎに行った井川と娘さん、ある日、私は
偶然を装って出かけていった、・・・・・。
以上、簡単に述べたが、ネタバレはしない。だが、ミステリーと
いうより純文学性もかなりもっている。だが、このような作品を好
まない読者も少なくないだろう。
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