エリザベス・フェラーズ『私が見たと蝿は云う』、童謡の歌詞がカギを握る、マザーグース殺人の一種

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 こういう内容だ。第二次大戦前のロンドン、舞台はリツル・
カーベリイ街という下町の安下宿。「十番館」ミス・リンガー
ドと呼ぶ。くたびれた老女のやっているこの下宿には、それ
ぞれ暗い過去を持った10人の男女が住み着いている。

 夫と別居中の貧しい女性画家のエイ・ブライアント、下っ端
の新聞記者のテッド・ヘイ、ヘイと同棲している内妻のメリッ
サ・アイボリイ、事務所に雇われている建築技師のチャーリー
・ボイス、自分の部屋で売春に利用しているミセス・フラワー、
つい最近、越してきたばかりで以前、共産党員だったが今はユ
ダヤ難民救済所に勤務のパメラ・フーラー、下宿の管理人でい
つも片足を引きずって歩き、他人の部屋の前で立ち聞きするト
ヴィイ老人などである。

 ある日、パメラ・フーラーの部屋の床下から謎のピストルが
発見される。それと前後して、この部屋の前の居住者、作家志
望の若い娘でフランス力に行くと云って出て行って消息がない
ナオミ・スミス、・・・・・が郊外で顔中傷だらけで他殺死体
で発見される。しかも彼女の命を奪った凶器が、彼女の部屋で
見つかったピストルと分かった。

 捜査に乗り出したコリー警部はその下宿にいる10人すべてに
容疑を感じた。そうしていたら、下宿の階段で疑問の真珠の首
飾りが発見され、その首飾りをめぐる宝石窃盗の容疑や、その
折も折、管理人のとヴィイが地下室で殺害されて発見される
という事件まで起こり、事件は複雑化もして謎が深まっていく。

 こおで作者のエリザベス・フェラーズは下宿人の一人一人が
、それぞれいくばくかの疑惑を持っている、かのように描き、
ストーリーを展開するが、誰もが互いを真犯人だと考えていた。
例えば別居中のエイの夫のパトリックは、まさにその妻を真犯
人だと考え、テッドはリンガートを、メリッサはチャーリーを
、チャーリーはパメラを真犯人と考えた。・・・その中で一人
ケイ、貧乏女性画家は真犯人など分からないといった。

 ところが、ある日さりげなくコリー警部が書き散らして、そ
れとなくケイに見せた一枚の戯画、絞首ヒモの形に似た蜘蛛の
巣にかかった一匹の蝿の絵、それから事件が解決していった。
蝿の絵は、イギリスでは誰でも知っている古い童謡「コマドリ
の死ぬのを誰が見た?」の一行「私が見た、と蝿が言う」を
表した、寓した絵で、、コリー警部のカンはナオミの殺人現場
を見たものは確かにケイであり、凶器のピストルを隠したのも
ケイであった、とにらんだ。この暗示を使って彼がおびき出し
た二つの殺人事件の真犯人はやはり下宿人の人であった。

 この翻訳が日本で刊行されたのは1955年、日本には初めての
紹介だった。謎の犯罪に始まり、最後は事件は解決、だが童謡
の歌詞が犯罪の解決のキーになっているとうのはアガサクリス
ティの『そして誰もいなくなった』童謡(マザーグース殺人)
に影響を受けて書かれた横溝正史の『悪魔の手毬唄』と同じだ。

 なんだが。心理的サスペンス、巧みな雰囲気づくり、最初の
三分の一ほどの安下宿に巣くう者たちとその生活の叙述、なか
中本格探偵小説、推理小説だが、半分以降はめいめいが疑いあ
うというシチュエーションでモタモタ感が強くなってしまって
いる。

 原題は I, Said The Fly (1945)

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