日本歴史上最大の倒錯、天皇陛下より高市早苗を崇拝し、むしろ天皇陛下を貶すという多数の自称保守の面々。保守でなくミーハーだろう。
しかし実に恐るべき、倒錯というべき現象が生じている。自
らを「保守」と称する実に莫大な数と思われる人たちが、天皇
陛下より高市早苗を崇拝している、何というか、一種の熱狂が
一部の人たち以上においてその現象が生じているのである。
天皇陛下の世界平和をご祈念の御心が気に入らない、松下政経
塾の軍事的講義でアメリカ連邦議会下院議員の事務所インター
ン採用の履歴書に「軍事問題の権威」と虚偽記載、小さな虚偽
でなく、とんでもない大きな虚偽を書いて採用されたという、
一種の歪んだ偏執的な軍事マニアの高市早苗が今の、現代の日
本の「保守」にはその軍国臭がフェロモンのような役割を果た
しているわけである。
繰り返せば、松下政経塾で聞きかじった軍事知識でいっぱしの
軍事通と勝手な思い込みをして、アメリカでの見習いインター
ン採用の履歴書に「軍事問題の権威」と、高市は英語に堪能で
ないから彼氏に書いてもらった。それだけで「軍事」を自らの
アイデンティティとしてしまった。なんとも安上がりなアイデ
ンティティだが国内では大いに有効性があったことは証明済み
だ。早くから「騙しの手口」を自家薬籠中のものとし、その後
ついに日本国の総理までに。そのためには手段を選ばず、その
前代未聞の手法が暴かれつつある。無論、スキャンダルはひね
りつぶす手法、テレビ局への恫喝、やらせ投稿、オールドメデ
ィアへの圧力、世論操作。
だが明治天皇は1904年、明治37年の日露戦争の開戦に際し、
戦争回避を願われる歌を詠まれた
よもの海みなはらからと思ふ世に
など波風のたちさわぐらむ
明治天皇の平和を願われる御心は厳然たるものだった。
また昭和天皇は1941年の御前会議で平和を願っての祖父の明
治天皇が詠まれたこの歌を詠みあげられた。
だが日露戦争も、太平洋戦争も始まったじゃないか、といわ
れても帝王学で天皇は国家組織の決定に逆らうことはできなか
った。
平成天皇はその成長時代、青春時代を戦争の惨禍を骨身にし
みて感じられた。その戦争体験はあまりに痛切であった。「も
し、宣戦布告宣言を求められたら国家の常道に反しても拒否す
る」ともらされていたという。
その何よりも世界平和を願われる平成天皇に徹底して帝王学
を仕込まれた今上天皇、徳仁様である。皇居の池で浩宮殿下時代
の今上天皇が誤って何か生き物を傷つけた。当時の皇太子の現在
の上皇様は怒りで池に浩宮殿下を突き落とされたという。どんな
小さな生き物でも粗末にするなど許されないと。
そのような生命尊重、世界平和というかたいかたい信念を受け
継がれた今上天皇、世界平和を何より願われる。
・・・・・・・そこで高市早苗だ。本当に恥ずかしい人だと思
う。虚言癖がウソの成功体験の積み重ねとなり、何より総理就任
こそが目的であったために手段を選ばない。総裁選挙でのあの事
務所、公設第一秘書などの所業、前代未聞だ。およそ今まで誰も
やったことがない。1992年、当時は実質サラ金のアプラスのCM
にも出演、このCMでも連邦議会立法調査官と。
ごくごく最近、J-castで「高市早苗に親でも殺されたのか」とい
う非難にさらされる高市擁護のコメントに「いいね」が一万以上
だったのである。本当に何がそれほど魅力、その政経塾仕込みの
軍事臭?国家主義?外交舞台でのハグの連発?絶対に自らの非を
認めない強情さ?
とにかく現在の自称保守の方々にとって崇拝の対象は高市早苗、
逆に天皇陛下をその平和主義を「左翼だ」などと攻撃するくらい
なのである。だが近代天皇制でも天皇陛下は常に平和を願われて
いたが、軍部はその御心を踏みにじって暴走した。
五・一五事件後、昭和天皇は
「ファッショの近きものは絶対に不可なり」と次の総理大臣を
選ぶ条件を明示された。
・・・・・しかし、昭和100年記念式典でも高市の常軌を逸脱の
はしゃぎぶりはひどかったし、おまけに「官邸から陛下にスピーチ、
御言葉をやらせないように」つまり高市の指示で、世界平和記念の
陛下の御言葉など不都合だ、というわけであった。
この式典の高市の振舞いの異常さ、不敬以前に非常識、との批判
もつよかったが高市支持者らは「主権在民だ」などという、この場
の高市の所業の正当化に筋違いな弁護をSNSで行っていた。まさし
く病膏肓に入れりである。
ともかく、天皇陛下より高市を崇拝、陛下はむしろ貶す、かげで
左翼だ、などと。とんでもない倒錯である。それはミーハーであり、
とうてい保守といえるものではない。
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