外村茂『花筏』1958,嗜虐性と自虐のはざまで歎異抄を数多く引用。何か弱さを感じる

 
 さて、『草筏』、『筏』に続く近江商人の名家「藤村」の
三代を描いた三部作の完結編が昭和33年、1958年の『花筏』
である。家運が傾いた大正10年、1921年前後の物語であり、
そこに登場する晋という青年は、まず作者の外村繁(茂)自
身だろう。

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 当主の与右衛門には子供がなく、妹の子を後継ぎとした。そ
れが晋である。与右衛門は晋の実父に人望が集まるのを何か怖
れ、先代の没後、藤村商店から追放し、自分の妹なのに実母さ
え絶縁したような男である。

 兄弟協力して曾祖父以来築いてきた資産を譲り、京都、大阪、
福井、東京に手広く店を出していた生糸、呉服の商売が、大正
9年から西陣の店から崩れ始め、つには収拾がつかなくなった。
与右衛門は出生地に隠遁し、家だけは昔ながらの庫を並べ、塀
を巡らせた結構豪勢な家に住み、丁稚あがりが名古屋で営んで
いた毛織物の会社をあてにして、庭いじりに励んでその日を暮
らしていた。

 これまで商売に協力させていた弟子たちが、思い思いに仕事
を始めて失敗し、生活に困るようになると、家に断じて寄せつ
けない。そのうち、弟の真悟だけは、自らを知ったのか、、没
落後、帰郷して残った資金で叔父の家を買い、本家の近所にい
て、まずまず安穏に背渇している。
 
 で小説の主役は作者と思われる晋としても、実質的な主役と
思えるのは小心な計算家の真吾かもしれず。後継ぎの晋が若く
て世慣れないのを利用し、いろんな企みを行う話が何か中心に
なっているようだ。真吾はなかなかうまく描けている。・・・
23歳になった晋は近江商人の積極果敢さ、進取の覇気を失い、
ただ無難に振る舞うだけの一族の中で、しょせん無為徒食だが
それなりに清純な魂は持ち続けている。

 ・・・・・・と話はつながっていくのだが、私は以前、中央
公論社から出た文学全集、「日本の文学」尾崎一雄・上林暁・
外村繁の三人集、解説が三島由紀夫で「個性的な独自の作風を
持つ尾崎一雄、上林暁の二つの高い峯に比べ、外村繁の文学的
海抜は低いと言わざるを得ないのである」・・・・さすがの、
文学評論ではまあ一流の三島由紀夫というもので、私も、・・
・・・私が言っても何の権威もないのだが、外村繁の文学作品
、どうにも弱いと感じる。それは「文学的海抜の低さ」そのま
ま小説家としての評価につながる。

 この小説『花筏』は前作に『草筏』、『筏』と基本同様であり
、人間の「哀れさ」を書こうとし,宗教も引き合いに出しているの
だが、どうにも、・・・・・なにか全てが弱い、文学的な魂が希
薄なのだ。胸を打たないう。真吾が晋に語る言葉、「女というも
のは、自己犠牲と云うか、自虐と言っていい、つまり何か自分で
自分を惨めな状態に置くと、精神ばかりでなく、奇妙だが肉体的
にも興奮するらしいよ」

 女をいじめることが女を喜ばせ、興奮させるという真吾の持論、
その弱々しい嗜虐性ともいうべき文学的海抜の低さに導く要因が
そこここにあふれている。作者自身が「ひどくみじまな状態に自
分を置く」ことをなぜか好み、そのことでなにか精神が高揚する
嗜虐性に陥っている。

 一族に流れる淫蕩と我欲の血、それについてこの作品で語られ
る限り、さほど異常とも言えないが、、読んで、どうにも惨めな
イメージに襲われるし、自身の無力さを感じること、それは当然
でもそこに安住している印象がないではない。「歎異抄」も数多
く引用されてはいるが、ただ引用にとどまる。「自虐の楽しみ」
では文学としてちょっと、弱すぎる。三島由紀夫のいう外村繁の
「文学的海抜の低さ」がわかる気がする。失礼だが。


 とまあ、
 

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