瀧井孝作『松島秋色』1952,風景だけで人間が出てこない小説。俳句の小説化かもしれない
瀧井孝作さんの『松島秋色』は昭和27年、1952年「群像」8
月号に掲載された、何というか、一種の実験小説といっていい
かもしれない。実は瀧井さんは「自然の風景だけで、人間が全
然出て来ない小説を書いてみたい」と云ったことがるそうだ。
その理念というか思いの実現だろうか。
この作品、能楽師の喜多実が平泉の中尊寺で新作能の「秀衡」
をやるというので、それに同行した作者が、松島や塩釜、平泉、
石巻などを見物する紀行文である。・・・・・だからこれを、そ
もそも小説と云えるかどうか、だが瀧井さんならではは確かだろ
うか。俳句出身という風情は十分以上ある。
「松の美しい島々は、大方腰高で、岸は壁に似ていた。松の美
しい島々は、よく見ると、大方、泥板岩凝灰岩などの浸食した一
枚岩だが、見た眼には、一枚岩と云うよりも、水の中に、土手か
土壁かと看えた。その頂きに、松が僅かに生えている風で。大部
分、地肌が露出していて、それは亦、各々に、明るい淡い色合い
が看えた。黄色、茶色、赫い色などは、泥板岩の島。白い色、灰
色、薄墨色などは凝灰岩の島。両方混合の色合いの島も看えたり
した。それは、凡そ茲ら全体の地質が、脆弱な浸食され易い岩壁
で、その浸食の、溶け残り、と看えた」
俳句の達人、というか、いかにもらしい丹念で的確な描写であ
り、句読点の置き方も苦心の跡がうかがわれる。見方にもよるが、
日本語の可能性に挑戦した?と云えば大げさかもしれないが、こ
の文章を勉強と思って熟読玩味すべきかもしれない。・・・さり
とて、これが本来の意味の小説とは思いにくい、というか思いた
くないが、瀧井文学はコクのある国民文学の資格がある、と思え
る。
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