巴金『寒い夜』(原作:1947)岩波文庫、戦時下の重慶のインテリの生活だが、徹底した個人主義の手法で視野が狭すぎる、


 戦後間もなく1952年に筑摩書房から翻訳が刊行され、その後
、新訳で岩波文庫で。筑摩版では『寒夜』だった。

 日本軍が桂林、柳州をもう占領した、という噂に怯えている
重慶の不安な空気を背景とし、仕事と家庭を破壊されたインテ
リ家庭、中国のインテリ家庭の苦しみを描く長編小説である。

 主人公は大学を出て教育に生涯をささげようという夢を破壊
され、図書文具の会社の校正の職を得て、何とも退屈で味気な
い日々の生活に追われ、妻は彼と同い年の34歳、銀行勤務、13
歳の息子がいるが昔気質の主人公の母親がなかなか結婚を認め
ず、情婦的な関係扱いが不満であり、女盛りを何とも不本意で
不快な生活を送ることに焦燥を深めていた。何か新たな世界を
求めていた。

 この長編小説は戦時下の民衆の動揺を描くものではなく、重
慶政府の腐敗を摘発するでもなく、ただただ平凡な一人のイン
テリが家庭では妻と母親の板挟みで悩み、生活力は旺盛な妻を
もてあまし、職場では上司の無知を軽蔑しながら従うしかなく、
ついに肺病に罹患し、死ぬまでの忍従と懊悩の生活を書いてい
るに過ぎない。

 
 戦時下は作家も活動が圧迫されていて、視点を政治社会に向
けることは許されず、それらから目を背けたという要因がある
わけで。著者の巴金も割り切って書いたのかもしれない。

 巴金は「私はただ一人の平平凡凡たるインテリの生活とその
死を描いたに過ぎない。しかし私は、ウソを書いてはいない」

 主人公は自らの「臆病とお人よし」を歎いているが、妻が上
司から誘惑されている不安に悩みながら、妻の肉体には惹かれ、
しかも自分の虚弱な肉体を省みて、「彼女は天使だ、私はとう
てい釣り合わない」と卑下する。つまが夜遅くまで遊んで帰っ
ても「あいつには楽しみ、娯楽が必要だ」と思う。妻が仲のい
い上司と蘭州へ飛行機で飛ぶ前夜、妻の離愁の念を思いやりな
がら、妻を放置し、「早く寝た方がいいよ。明日は早い」とい
って。わざと欠伸をするというくらいだ。妻に自分の病気の悪
化も知らせず、いつも無事だと手紙を書き、「私たちは分かれ
方がいい」という手紙を受け取って、飲めない酒を飲む、「
私はただ君に詫びるしかない、それしかできない」と返事を書
いて妻からの送金を断り、病気を押して出勤する。

 主人公はネチネチとした陰気な性格であり、戦争については
正面切った批判はなく、何度も繰り返し、生活を苦しくさせる、
というのみ。なんとも個人主義に徹しているというのか、共産
党の中国支配も逆説的に妙に納得の、読んで落胆の小説である。


  著者   巴金(はきん)1904~2005

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