荒木太郎『裸の木』潮流社、1965,文学を志す者の人生行路
荒木太郎は荒木太朗とか、同姓同名の著名人が多く、その中
で作家の荒木太郎は知名度が非常に低い方でウィキも存在しな
いのである。
その荒木太郎の『裸の木』、出回っていないが辛うじて古書
サイトに一冊あったが、私が購入したから、現在、入手は不可
能に近い。実はAmazonで出品があるがバカ高く購入の対象に
なりそうにない。
荒木太郎は要は非常に馴染みのない作家であるが、かって文壇
ではかなり名が知られた作家だったそうだ。早稲田リアリズムの
系統にあり、丹羽文雄主宰の「文学者」や、また「早稲田文学」
に手堅い作風の小説を数は多くないが発表し、『春の歌』という
短編集を上梓している。『裸の木』は荒木太郎にとって初めての
長編小説で自伝である。人生遍歴である。
といって主人公は自分の名前でなく、桑野圭吾という著者の分
身めいた人物が主人公である。時期は昭和初期から昭和30年代後
半までの当時のリアルタイムまでの人生が小説風に語られている。
で恋愛的な内容が多い。よく云えば愛の遍歴というべきだろう。さ
れどやはり真のテーマは文学を志す自分自身の遍歴、文学を志した
が思いは遂げられなかった、という痛恨の思いが伝わってくる。そ
うはいっても、この長編も刊行されているから、といって執筆中は
刊行は短編集一冊のみ、で挫折感に打ちのめされるというのか。
隣家の娘や芸者、バー・クラブの女とか人妻との交際を通じての
精神的な成長というべきか。さらに結婚、出征、敗戦、旧家の解体、
東京への移動という社会的な身辺的な事柄を生活の描写の中で描い
ている。
でも小動物に仮託して述べられる不安な自我の彷徨、迷い、50歳
を過ぎて人の死を扱っている後半部は読ませる内容だ。ついに思いを
遂げられなかた文学を志した男の、されど見果てぬ夢の老いたる姿、
やはり落胆は隠せない。嘆きが支配的なのだ。文学作品を書くという
強烈なアイデンティティはどうにも感じられない。歎きは強いが平板
なのだ。やはり世間的に無名に終わった作家、にしても、この自伝的
小説を刊行できた、のは羨ましくもある。
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