スタットラー『ニッポン 歴史の宿』三浦朱門訳、興津のある旅館を定点として日本の歴史を探り、語る
著者はOliver Statlerで『Japanese Inn』A Reconstruction of
the Past、で最初の刊行が1962年、現在は新版である。訳者は
三浦朱門、これは変わらない。
朱門は後記に「何度か、なるほど、こういう手もあったの
だな、と首をひねった。つまり東海道の一軒の古い宿屋を通し
て歴史をつかもうとするのが、この本の狙いであるらしい・・
・・・」
著者のスタットラーは1915年、イリノイ州生まれ、シカゴ大
に学び、1947年から1954年まで軍属として日本に滞在した。経
理担当だったという。戦後、伊豆の下田に滞在し、執筆滑動を
行った。
興津の水口屋という結構有名な旅館を中心に、また清見寺を
脇役舞台として日本の歴史の探求を行っている。
著者は戦後、占領軍の軍属としてこの旅館を訪れるところか
ら始まっていて、やおら時の流れをさかのぼって、1569年の武
田信玄の興津攻撃へ、それが出発点となる。
水口屋の歴史はその直後から始まっている。徳川家康、豊臣
秀吉など戦後の雄たちも著者によって身近な存在に引き寄せら
れる。その間に、最近の話もはさんでいる。戦国時代と現代を
、その距離感を明らかにしながら、その隔絶間を小さくしよう
とする。
興津を中心としたこのユニークな歴史物語は、小さなエピソー
ドを発掘することで、確実に歴史を生き生きと再現している。戦
国時代を過ぎると三浦按針という日本名の、日本で死んだウィリ
アム・アダムスが現れる。由井正雪も、ケンペルとか。ツンベル
クというオランダの学者がここに立ち寄る。日本に運ばれてきた
最初の象が通っていく。
東海道は江戸時代からは街道の中枢で多くの人物は、歴史的な
人物はまずこの東海道を徒歩であるいていった。清水の次郎長も
興津の近く、興津は今は清水市に併合されている。
維新後、鉄道が敷設され、徒歩の東海道は過去のものとなる。
が興津は歴史の宿となり続けた、西園寺公望、井上薫も現れる。
日本近代史の十分、裏舞台となっているようだ。
格別、新たな史実の発見めいた記述はない。だが、この興津と
いう一地点中心という方法論でかえって、ユニークに歴史的物語
となり得ている。実際、日本の歴史にここまで関心を抱いてもら
って日本人としてやや恐縮にさえ感じるほど。なかなか想像力が
豊かな人だ。フレッシュな目で日本史を見つめることはまた魅力
だ。異色だが、成功作といえるのではないか。
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