久野収『三十年代の思想家たち』1930年代、戦争に暴走する時代の思想家たちの苦難。現代にも通じる
時代は繰り返す、まさかという政権が出来て言論統制、圧力
が日常茶飯事となっている。久野収は京大系の哲学者である。
1910年生まれ、ぎりぎり最後の明治生まれだろうか。
日本は15年戦争、昭和6年、1931年の満州事変から昭和20年
、1945年まで延々と戦争一色の時代となってしまった。内外に
莫大な天文学的な犠牲を生む結果になった。その時代、いやで
も軍国主義化、そこでは批判的思想への徹底した弾圧がなされ
た。「自由」はどこか別世界のものと感じられる日本となった。
とはいえ、思想家たちもただ思想弾圧、言論統制に無抵抗で
あったわけでもない。それなりに志を守り、思想は貫きもした。
だから三木清、戸坂潤のように思想犯として逮捕され、獄中死
の悲運にさらされたケースもある。弾圧されたというなら、あ
らゆる者が弾圧された時代で、ついには小学校の綴り方指導の
教員さえ治安維持法違反で獄に送られた。
やはり京大系の思想家が優先的に取り上げられている。羽仁
五郎、林達夫、中井正一らは独自の個性で戦後も活躍した。
差rあに同時代の本田謙三や久保栄(劇作家)、狩野亮吉な
どの生き様と死にざま、いうならば後継者ともいえる久野収が
追悼の如くよく描き出している。いずれも久野に近い人たちで
あったようだ。
一番書き込まれていると思われるのは三木清である。その共
感は非常に深く、三木清を描いていてどこまでが三木清かさら
に久野収か読んでいて分からなくなるほどである。本書の「三
木清の生涯と遺産」は実は三木全集の解説として書かれたもの
でこの本で突出して詳しい内容の文章だ。端的に言って、これ
以上、まとまった三木清論もでないだろうと思われる。
三木清
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