大仏次郎『義経の周囲』1967、悠々たる筆致で義経伝説の場所を散策
この本が出た年か、NHK、大河ドラマで『源義経』が放送
されたように思う。それにも触発かどうか、いまさら義経だ
が真剣さ、という点で高木彬光『成吉思汗の秘密』は紛れも
なく義経ものの最高傑作だと思う。最後に、しみじみとした
感慨に浸れるのもいい。だがキワモノ的に見られてしまう。
しょせん歴史の真実など分からない、というか確定のしよ
うがない。昨日このことでもわからないのに、である。
そこで義経、義経伝説。京都五条の橋の上、弁慶との諍い、
作り話でも。
この本で大仏次郎は義経伝説の形成過程を探っているので
ある。義経の事績を探っている。歴史的にまず保証しても良
さそう、それとて絶対ではあり得ないが「玉葉」や「吾妻鏡」
の記述を一歩も出るものではない。鞍馬山での修行も何らか
の歴史的事実を伝えているかも知れず、さらに奥州下りの多く
のエピソード、黄瀬川の対面以前は全く不明だ。晩年の追放劇
も何とも曖昧模糊、正確な記録はない。
でも紛れもなくアイドル的な義経伝説は厳然と存在する。あ
の成吉思汗の義経説も100%虚構とも言い切れない、何かだ。
それを単に史実の中だけに義経伝説はない、と言い切るのでは
なく事実は小説より奇なり、はあり得る、だが確定の術がない。
ともかく伝説のベールにつつまれたまま、日本人に焼きつてい
る義経伝説である。それを探ることは、そのまま日本人の願望
を手繰り寄せる結果になる。
この大仏次郎の著書は、いわば義経の伝説の虚像と実像、彼
にまつわる紛れも無き群像をこれも虚と実の両面から探ってい
る。一種のこれは歴史散歩である。どうせ確定できることでは
ない。
大仏次郎は義経の首を祀ったという藤沢の白旗明神を訪ねる
所から筆をお越し、過去と現在を結び、虚と実の間を縫って、
義経31年の生涯を述べているが、実に語り口がさり気ない、さ
すがと思わせる。創造の思いの広がりも隠されているように思
えて、下手な小説以上に歴史の厚み、というか妙味を感じさせ
る。特に藤原秀衡の叙述はあざやかで、金色堂に葬られている
三代のミイラと対面する下りは唸らせるほどの感慨がある。
しょせん、全ては虚しい、ということ、静御前の伝説、何が
真実か事実なのか、常に余裕ある筆致の大仏次郎、歴史小説の
執筆経験が活かされている。なかなか庶民がその事績を追って
の旅行も容易ではない。一箇所だけではダメなのであるから。
この本に遊ぶのもまた喜びというものだろう。私は「成吉思汗
の秘密」の最終章を義経文学の至高のものと信じている。
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