J・イェラーギン『芸術家馴らし』スターリン政権下の音楽家、芸術家の苦悩、呵責ない統制、弾圧


 もともとロシアは革命前から国民の生活レベルとは無関係に、
非常に優れたバレエ、オペラ、演劇、音楽などの芸術があった。
革命で一部の芸術家たちは国外に逃れたが、自らの意思で踏み
とどまった芸術家も多かった。さらに作曲家にして優れたピア
ニストであり、ヨーロッパでもよく知られていたプロコフィエ
フのように、自ら進んで帰ってきたというケースもある。した
がって革命後のロシア、というかソヴィエトには結構、華々し
い舞台芸術が、音楽コンサートが存続したのは事実だ。

 だが、共産主義体制の圧政、統制は強まっていき、芸術家た
ちも、権力のふるいにかけられる状況になった。だが同時にソ
ヴィエト型というべき芸術も育っていった。それは芸術の政治
への従属というしかなかった。そのスタンスから世界的芸術家
に対しても容赦ない批判もなされた。・・・・・これらは分か
りきったことだと思うが、それを内から縷縷述べた著作は決し
て多いはずはない。革命後のソヴィエトの芸術世界の実際の姿
はどうだったか、である。

 で、この本の著者、J・イェラーギンは革命直後にワフタンゴ
フ劇場に採用されたバイオリン奏者であり、その後、国外に逃
れた人物のようだが、タイトルの『芸術家馴らし』とはひたす
ら芸術家たちが政治に馴らされ、従属の一語となるそのプロセ
スだろう。で、語れば長い話であり、この本、本書はその第一
部なのだ。1930年から1939年の秋までのソヴィエトの演出家や
作曲家、演奏家たちの消息を、ボリショイ劇場、ワフタンゴフ
劇場などを主な舞台として描いている。

 著者の立場は、無論、反弾圧、反スターリンだがこの第一部と
なる本書の時代は芸術家たちが比較的、自由に振る舞え手仕事を
行った時代と云えて、それほど反ソ、反スターリン的でもない。

 それよりも現に活躍し、また記憶されている芸術家たちの生活
が。楽屋裏から実に人間的に描かれていて、実際、儲けもの、と
思いたくなる面白さがある。それによると、この時期、体制の激
変でもその社会で仕事をし続けることが出来たことに、やはり驚
かざるを得ない。

 革命前から世界の演劇に大きな影響を与えたメイエルホリドが
、芸術上の信念を貫き通したために地上から消された事情が詳述
されている。これが事実なら、ソヴィエトでは残らなかったはず
のメイエルホリドの最後の言葉が本書に残されていることになる。

 メイエルホリドもその一人だったが、第一次大戦後、世界中で
行われた大胆な演出の実験が、古典的作家を汚すものだ、との非難
に対し、メイエルホリドは敢然と反論したという。

ユーリ・イェラーギン  1910~1987
 
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