中薗英助『彷徨のとき』1957、中国体験が骨太に語られる。実になまなましい。

images (1).jpg
 結局、大家になったというべきか、中薗英助の比較的初期の
作品である。

 『密作者』、『風土の虜囚』、『黒い自由』、『烙印』、『
目撃者』の五編からなるが、それらは各々、独立の短編となっ
ている。だが一貫して共通は、砂嵐吹き荒れる中国大陸で、幻
想を現実のものとし、現実を夢想の中に引き寄せようとして
戦苦闘にもがく一人の青年の血みどろの彷徨の生きた足跡であ
る。

 主人公の「ぼく」は、いたって晴れ晴れと「五族協和」を実
践的に体得しつつある若者だが、王道とか、挺身とか、決死と
いう言葉に血を沸かせるような青年が、まず出会ったのは「四
面敵地」の真っただ中にいるという絶対の孤独、であった。暗
い宿命的ともいえる民衆の呪いと憎しみが、若者の愛情をも、
かたくなに拒んでしまう。

 しかも、流浪に夢を抱く若者の周囲には、若者が未知の巨大
な新たな風景を見透かすこともできず留まっているとき、早く
も危険人物の烙印をおされるような、無知で暗愚な生活の現実
があるのみである。

 内面の思いが何であれ、結局は日本の帝国主義のうえに乗っ
かっている東洋鬼でしかないということなのだ。実際に来るま
では思いもよらぬ、日本人であることの引け目、劣等感だった。
絶望し、自虐の中で強烈な酒をあおって慟哭する主人公は実際、
どこか純粋で清冽である。

 やがて敗戦、「不可避的だが、しかし避けねばならぬ場面で
行動しないということ自体、どこまでも延長されてゆく戦争犯
罪そのものだ」と気づく。そこから再出発する主人公の行く手
はまた多難である。

 37歳での発表作だが、このころは中薗は新人作家となお見な
されいた。その後の作品を予見させる、何とも生々しい息づか
いに満ちている。

この記事へのコメント