いがみ合い、冷戦に打ち勝つためには「健康」、「正しいのは自分」の信念


 世の中、何かと、いがみ合いが起きるものだ、誰も好き好
んで、相手に喧嘩をふっかけたり、冷戦に誘い込むことはな
いが、相手が悪い場合がほとんどである。つまり、自分は全
く悪くない、反省の必要はない、と信じることだ。「もしや
自分にも責任があるかも」などと考えないことである。悪い
のは一方的に相手だと考えること、これがまず重要である。
いがみ合いで一番悪いのは自分自身への反省だ。

 まず、こういうケースは相手が原因を作り、改めないか
らこそ起きるものである。

 だから和解しようなどと考えないこと、この世は、冷戦、
いがみ合いの場である。「常在冷戦、いがみあい」の気構
えである。

 といってシチュエーションは千差万別であるから、一概
に状況の解説も出来ないし、意味もない。相手が反省して
態度を改めたら、こちらも初めて考え直せばいい。こちら
から「もう汐時」と思い込んで、早々に戦線を撤退しない
ことである。・・・・・と云って無闇な戦線拡大も逆に好
ましくな。要は、ほそぼそでいいのである。生きている限
り、悪いやつはいくらでもこの世にはいる。

 いがみ合いの典型は「裁判」である、裁判をやると憎悪
が際限もなく高揚し、精神衛生を悪くし、健康を害し、あ
げくに早死することも少なくない。裁判所の人がよく云う
が、「裁判する人は寿命が短い」まあ、事実である。裁判
は弁護士肥やしでしかない、やってはいけない、だが相手
が起こすことはある、だが裁判は今回のテーマではない。

 つまりあまりに些末な、けちくさい、いがみ合いであり、
この世に溢れかえっている。それが丸く収まる性質のもの
ならいいが、そういうケースなら最初から冷戦に成らない
だろう。

 何処に申し立てるような性質でもなく、もう自己の精神
のストレスの解放が重要という大半のケース、まず「健康」
である、酒ののべつ幕なし呑む習慣は絶対にご法度である。
少食と健康食品の有効摂取、ガンにならない心がけである。
裁判でも冷戦、いがみ合いでも、生きたほうこそが勝ちで
ある。死んだら負け、これがこの世の鉄則である。そのた
めの健康法である。

 たまには気を静めて戦線を休むことも大切である、やん
わりの精神である。「これをすれば相手がイヤがる」こと
を節度を持って勇敢に行う、人生の冷戦、いがみ合いはエ
ンドレスである。それこそが生きる糧にもなり、原動力に
もなる。つまらぬことこそ、負けてはならないのである。
意地を張って健康に、反省はしない、相手が悪いと信じる、
ここからが人生である。やりすぎず、やらなさすぎず、で
ある。

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