宝塚、懐かしの写真館(212) 檜垣葉子「入学から今日まで」 昭和11年5月号『歌劇』掲載


 IMG_5859.JPG豆ちゃん、なんて面白いニックネームをもらって大分に
なります。

 初舞台のときに、花組の上級生から頂いたも名前です。
もうこんなに成長したはずなのに、誰も本名で呼んでは
くれません。やはり小さいんです。今度の楳茂先生のバレ
エ「タンホイザー」のときも、水妖精の中で一番小さくて、
先生が「えらいちいさいなぁ」と云われていたの聞いて、
やっぱり豆と言われるんだな、と悲観しました。

 そのくせに友達は大きな方が多くて、月組の冨士野たか
ねさんと仲良しです。たかねさんと一緒にいると、よく
面白いことをやって笑われます。

 ないつでしたか、私がまだ日劇にいるとき、東京で一緒
に泉岳寺の墓参りをしたとき、入り口でお線香を買い、ま
ず大石良雄のところから純にで勘平さんのお墓まで来ると、
踊りとか、お芝居などでお馴染みがあるので、二人でその
ときの声色をやったり、踊りの振りをするやら、おまけに
勘平さんのお墓にだけはお線香を三本上げて大騒ぎでした。

 天津乙女さんの踊っているのを見ると、あの半分でも踊
れたらと、よく思います。一緒の公演では、必ず舞台の裾
から拝見し、勉強させていただきます。

 さて、入学の動機、もちろん、私もみなさまの例にもれず
、宝塚が好きでした。でも最初は入ろうなんて思わず、いつ
の間にやら青い袴に魅せられました。

 入学以前楳茂戦争が宝塚に復帰される以前に、研究所を
おやりで『舞踊教会』も私も入っていて、玉津真砂さん、瑠璃
若子さんらとここでダンス専科の花形生徒でときめいておられ
る方々と一緒でした。

 その協会も解散の前に私はやめていて、宝塚の入試を受けま
した。すると玉津真砂さんもきておられて、「あれ、あなたも」
と互いに驚いたものです。無事、皆パスし、嬉しかったもので
す。

 同期で男役で光っている葦原邦子さんがおられますが、その
他大部分の方が明星ばかりなので、私ははずかしくなります。

 檜垣葉子という名前は楳茂先生につけていただきました。日舞
が好きですが、西洋舞踊も好きで岩村先生のバレエによく、出さ
せていただきました。

 色は、・・・・・藤色、ピンク色が好きです。

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