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    <title>つぶやき館　(元祖つぶやき館)　移転しました</title>
    <link>https://tsubuyaki3578.com/</link>
    <description>2010年にウェブリブログで始めた「つぶやき舘」を移転いたしました‥‥‥内容は特定のテーマはありません。雑学に徹します。2022年4月開始予定、忖度なし、本質をえぐるブログを目指します。ジャンルは便宜上「文学」です。PC版でお願いします。神戸大学法学部卒。三井誠ゼミ（刑法第二）、国立大学歯学部卒、日本口腔外科学会会員。岡山県出身、倉敷市在住。運営のブログはこの「つぶやき館」ただ一つです。</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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    <itunes:summary>2010年にウェブリブログで始めた「つぶやき舘」を移転いたし ました‥‥‥内容は特定のテーマはありません。雑学に徹しま す。2022年4月開始予定、忖度なし、本質をえぐるブログを目指 します。ジャンルは便宜上「文学」です。PC版でお願いします。 神戸大学法学部卒。三井誠ゼミ（刑法第二）、国立大学歯学部卒 、日本口腔外科学会会員。岡山県出身、倉敷市在住。運営のブロ グはこの「つぶやき館」ただ一つです。    </itunes:summary>
    <itunes:keywords></itunes:keywords>
    
    <itunes:author>ポコアポコ3578</itunes:author>
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        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520420701.html</link>
      <title>アメリカ、イランとの交渉、軍事力ではもはや突破できない。世界はウンザリ、不毛の応酬。</title>
      <pubDate>Sat, 11 Apr 2026 16:50:44 +0900</pubDate>
            <description> 　トランプ大統領は「軍事的には勝利している」と言い続けるが最も重要なホルムズ海峡の開放、湾岸諸国の安全な操業と石油輸出は達成できていないのは明らかである。パキスタンでのイランとの交渉、成立しなければアメリカが再攻撃とトランプ大統領の言だが、もう軍事力行使は誰から見てもウンザリでしかない。戦略的な好結果をもたらさない、「軍事的勝利」など、そのそも意味を持たない。イランには地の利が味方する。表向きの軍事的対決に拘泥しなくてもいい。ホルムズ海峡に機雷敷設と云っただけで石油は止まる..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
 <a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE383892028429-d0070.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; (4).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE383892028429-d0070-thumbnail2.jpg" width="271" height="186"></a>
　トランプ大統領は「軍事的には勝利している」と言い続ける
が最も重要なホルムズ海峡の開放、湾岸諸国の安全な操業と石
油輸出は達成できていないのは明らかである。パキスタンでの
イランとの交渉、成立しなければアメリカが再攻撃とトランプ
大統領の言だが、もう軍事力行使は誰から見てもウンザリでし
かない。戦略的な好結果をもたらさない、「軍事的勝利」など
、そのそも意味を持たない。イランには地の利が味方する。表
向きの軍事的対決に拘泥しなくてもいい。ホルムズ海峡に機雷
敷設と云っただけで石油は止まる。だから、そのような地政学
的な決定的優位に立つイランは戦略上は最初から勝っているよ
うなものだ。

　アメリカとイランの対立の歴史は長い。不毛の睨みあいが続
いてはきたが、今回はヒット安どアウェイでない結構、長期の
攻撃であるが、イランの到底、息の根を止められない。核兵器
を使っても降伏に追い込むなど不可能に近い。イランも大きな
被害を確かに被っているが、「もう少し耐えて頑張れば、アメ
リカ、イスラエルのミサイルも枯渇する」と考えて長期戦も覚
悟ということである。

　イスラエルはイランへの攻撃に支持率は高かったが、さすが
にイランのミサイルへの防衛もおぼつかなくなっている。アメ
リカはトランプ大統領の精神状態を疑う声が日増しに高くなっ
ており、議会からの罷免か、アメリカ憲法第25条修正条項での
退陣も議論されているようだ。

　イランの核兵器開発についてはIAEAも当面、その可能性はな」
いとの考えを示していた。だから、今回のイスラエルと組んで
のイラン攻撃のその目的、正当性に疑念がある、ということだ。
クリントンのイラク侵攻は結果だけはうまくいったが、あれで
も国連にパウエル国務長官らが眉唾の大量破壊兵器の写真を提
示、攻撃のお墨付きをもらおうとした。今回はそれもない。

　交渉は厳しい、イランは非常にやられることで逆に強くなって
いる面がある。軍事的な解決は不可能、と断言できる。トランプ
大統領の罷免が現実化しそうな気配だ。湾岸諸国、米軍基地をお
いている湾岸諸国も全く守れず、アメリカの信用も毀損である。
軍事的な解決はもはや不可能である。もし核兵器をアメリカが使
用したところでイランは降伏しないだろう。もうウンザリである。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
 <a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE383892028429-d0070.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード (4).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE383892028429-d0070-thumbnail2.jpg" width="271" height="186" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE383892028429-d0070-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　トランプ大統領は「軍事的には勝利している」と言い続ける<br />が最も重要なホルムズ海峡の開放、湾岸諸国の安全な操業と石<br />油輸出は達成できていないのは明らかである。パキスタンでの<br />イランとの交渉、成立しなければアメリカが再攻撃とトランプ<br />大統領の言だが、もう軍事力行使は誰から見てもウンザリでし<br />かない。戦略的な好結果をもたらさない、「軍事的勝利」など<br />、そのそも意味を持たない。イランには地の利が味方する。表<br />向きの軍事的対決に拘泥しなくてもいい。ホルムズ海峡に機雷<br />敷設と云っただけで石油は止まる。だから、そのような地政学<br />的な決定的優位に立つイランは戦略上は最初から勝っているよ<br />うなものだ。<br /><br />　アメリカとイランの対立の歴史は長い。不毛の睨みあいが続<br />いてはきたが、今回はヒット安どアウェイでない結構、長期の<br />攻撃であるが、イランの到底、息の根を止められない。核兵器<br />を使っても降伏に追い込むなど不可能に近い。イランも大きな<br />被害を確かに被っているが、「もう少し耐えて頑張れば、アメ<br />リカ、イスラエルのミサイルも枯渇する」と考えて長期戦も覚<br />悟ということである。<br /><br />　イスラエルはイランへの攻撃に支持率は高かったが、さすが<br />にイランのミサイルへの防衛もおぼつかなくなっている。アメ<br />リカはトランプ大統領の精神状態を疑う声が日増しに高くなっ<br />ており、議会からの罷免か、アメリカ憲法第25条修正条項での<br />退陣も議論されているようだ。<br /><br />　イランの核兵器開発についてはIAEAも当面、その可能性はな」<br />いとの考えを示していた。だから、今回のイスラエルと組んで<br />のイラン攻撃のその目的、正当性に疑念がある、ということだ。<br />クリントンのイラク侵攻は結果だけはうまくいったが、あれで<br />も国連にパウエル国務長官らが眉唾の大量破壊兵器の写真を提<br />示、攻撃のお墨付きをもらおうとした。今回はそれもない。<br /><br />　交渉は厳しい、イランは非常にやられることで逆に強くなって<br />いる面がある。軍事的な解決は不可能、と断言できる。トランプ<br />大統領の罷免が現実化しそうな気配だ。湾岸諸国、米軍基地をお<br />いている湾岸諸国も全く守れず、アメリカの信用も毀損である。<br />軍事的な解決はもはや不可能である。もし核兵器をアメリカが使<br />用したところでイランは降伏しないだろう。もうウンザリである。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520420701</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520419343.html</link>
      <title>志賀直哉の国語のフランス語への転換論。でも名詞の文法的性、人称形容詞の矛盾などフランス語は不適</title>
      <pubDate>Sat, 11 Apr 2026 12:44:43 +0900</pubDate>
            <description>　戦後、間もなくだが志賀直哉が「この敗戦を機に、国語をフランス語に換えたらどうかと思う」、「私は日本語では、いかに表現に不自由したことか」とそれまでの自己の文学さえ、下手すりゃ否定と思われかない。志賀直哉自身、戦前にパリに滞在経験がある。がフランス語に堪能だったとは思えない。この終戦後の志賀直哉のフランス語への国語の転換論は一時的な敗戦のショックによる錯乱では、とも思われたが、実はかなり後になってもその考えに変わりはない、という内容の発言を行っている。　日本敗戦の翌年、194..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-11T124527.175.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; - 2026-04-11T124527.175.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-11T124527.175-thumbnail2.jpg" width="225" height="225"></a>
　戦後、間もなくだが志賀直哉が「この敗戦を機に、国語を
フランス語に換えたらどうかと思う」、「私は日本語では、
いかに表現に不自由したことか」とそれまでの自己の文学さ
え、下手すりゃ否定と思われかない。志賀直哉自身、戦前に
パリに滞在経験がある。がフランス語に堪能だったとは思え
ない。この終戦後の志賀直哉のフランス語への国語の転換論
は一時的な敗戦のショックによる錯乱では、とも思われたが
、実はかなり後になってもその考えに変わりはない、という
内容の発言を行っている。

　日本敗戦の翌年、1946年、昭和21年の春、雑誌「改造」4月
号に掲載された志賀直哉の国語をフランス語へ転換の提言の文
章。

　40年近い自分の文筆生活の間、日本の国語が如何に不備不完
全なものか、常に痛感してきたと述べ、

　「私は六十年前、森有礼が英語を国語に採用しようとした事
を、此戦争中、度々想起した。若しそれが実現していたら、ど
うであったろうと考えた。日本文化が今よりも遥かに進んでい
たであろう事は想像できる。そして、恐らく今度のような戦争
は起っていなかったろうと思った」

　とある。

　そこで、ここからが問題だ。

　「そこで私は此際、日本は思い切って世界で一番いい言語、一
番美しい言語をとって、その儘、国語に採用してはどうかと考え
ている。それにはフランス語が最もいいのではないかと思う。・
・・・・・今ならば実現出来ない事ではない」

　今の日本語を作り替えて完全なものにするという事は、自分は
悲観的である。日本語と別れるのは寂しいことに違いないが、中
途半端な改革を行うよりは、百年後、二百年後の子孫のため、吾
々の感情を捨てて、思い切った措置を取るべき時だと思う。

　でもフランス語に堪能というわけではない。長くはないパリに
滞在経験がある。がフランス語を志賀直哉が推す理由というのは
、フランスが「文化の進んだ国であり、小説を読んでも何か日本
人と通ずる物があるとおおわれるし、フランスの詩には和歌俳句
等の境地と共通するものがあると云われているし、文人たちによ
って或る時、整理された言語だともいうし・・・・」

　これを読むと、フランス語自体がどうこうでなく、フランス語
を使うフラン人による文化、文学が優れているから、・・・とい
うのだ。ならフランス植民地の蛮人、がフランス語が広まってい
るのは普通の現象でも、ではそこで優れた文化、文学が生まれて
いるかといえば、・・・・・・違うだろう。

　ともかくも、志賀直哉の文章はすばらしい、と戦前でも書き写
す人が結構多かったその格調高い日本語で文学作品を書いてきた
志賀直哉が、神とさえ崇められた志賀直哉が「日本語ではどうに
もこうにもそれが不完全すぎて表現に不自由した」というのだか
ら、その日本語でまた考えを発表だから矛盾ではある。

　私自身、フランス語をかじって、感じるのは確かに独特なエレ
ガントな味わいがある、柔らかさがある言語だが、またこれを
国語とするなら大きな問題もある言語とも感じた。

　印欧語では普通は「名詞」に性別がある。文法的性である。た
だし英語などは文法的性を完全に脱却している。がフランス語は
、名詞なら、ありとあらゆるジャンルの名詞、全て男性か女性の
性別がある。だから抽象名詞も動植物の名称も車の部品も、固有
名詞もありとあらゆる機械製品も、・・・・・性別がある。病名
もその症状、すべて性別がある。精神病　la psychoseは女性、
蛆虫のasticotは男性、幼虫で表現するとlarve 女性、クランクシャ
ふトは男性、苦しみ　peine は女性、免許取り消し　annulation
は女性、・・・・・・ネイティヴなら何の苦労もない？にせよ
集合名詞もやはり性別がある。では男女混じったグループなら、
男性が一人でもイたら男性名詞に扱い。

　・・・・・・とまあ、不合理、バカバカしいの連続だ。

　しかし、形容詞は形容される名詞の文法的性に従うから、とに
かく名詞の性は決めないと何も話せない。救助のヘリコプターが
来た!と話そうとしたフランス人がヘリコプターの性別に迷い、救
助が遅れたなんて話もあったそうだ。無論、冠詞も文法的性に従
う。

　英語では所有人称代名詞　彼の母親　　His mother 当たり前だ。

　だがフランス語は人称代名詞とはいわず、人称形容詞という。
これは特徴でもある。

　よってフランス語では形容詞は名詞の性別にしたがう。彼の母で
も彼女の母でも「彼女の」の意味のsa mere　となる。彼の母を表
現できないのだ。ちょっとバカげているだとう。

　古代ギリシャ語と比べると比較にならないが、フランス語は英語
より動詞の語形変化が複雑である。それが明晰に通じるとも思いに
くい。

　昭和62年1月、河盛好蔵が日本文化会議で講演した、ここで聴講の
原書房社長から志賀直哉の国語転換について質問が出た。

　河盛好蔵は

　「私はあの志賀直哉の文章で、志賀直哉『小説の神様』という
概念を捨てました」

　「あれは志賀さんも失言と思っていたんじゃないでしょうか。と
きに突拍子もないことを言う人なんですよ。フランス語に成って一
番困るのは志賀さんでしょう。あまり真面目に受け取るべきことじ
ゃないです」

　原書房社長の成瀬恭は若い頃、文学青年で志賀直哉に傾倒してい
たが、あの文章以来、志賀直哉の書くものに警戒心を抱き始めた、
という。そうしたら河盛好蔵、「あなたのように、まともに受け取
らなくていいです」と

　さりげなく志賀直哉、今は亡き文豪をかばったという

　確かに日本語は全く異質の中国語の漢字を超大量に受け入れ、音
、訓読み、同音異義語の洪水という問題を生じている。だが日本語
の本質ではなく、漢字を取り込んだ結果の問題である。・・・・・
志賀直哉のいうのも一理はある。だがフランス語国語化さはさらに
論外にひどい。

　付言すれば昭和33年、辰野隆らとの対談で国語問題を問われた志
賀は考えに変わりはないと言明したのである。
<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-11T124527.175.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード - 2026-04-11T124527.175.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-11T124527.175-thumbnail2.jpg" width="225" height="225" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-11T124527.175-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　戦後、間もなくだが志賀直哉が「この敗戦を機に、国語を<br />フランス語に換えたらどうかと思う」、「私は日本語では、<br />いかに表現に不自由したことか」とそれまでの自己の文学さ<br />え、下手すりゃ否定と思われかない。志賀直哉自身、戦前に<br />パリに滞在経験がある。がフランス語に堪能だったとは思え<br />ない。この終戦後の志賀直哉のフランス語への国語の転換論<br />は一時的な敗戦のショックによる錯乱では、とも思われたが<br />、実はかなり後になってもその考えに変わりはない、という<br />内容の発言を行っている。<br /><br />　日本敗戦の翌年、1946年、昭和21年の春、雑誌「改造」4月<br />号に掲載された志賀直哉の国語をフランス語へ転換の提言の文<br />章。<br /><br />　40年近い自分の文筆生活の間、日本の国語が如何に不備不完<br />全なものか、常に痛感してきたと述べ、<br /><br />　「私は六十年前、森有礼が英語を国語に採用しようとした事<br />を、此戦争中、度々想起した。若しそれが実現していたら、ど<br />うであったろうと考えた。日本文化が今よりも遥かに進んでい<br />たであろう事は想像できる。そして、恐らく今度のような戦争<br />は起っていなかったろうと思った」<br /><br />　とある。<br /><br />　そこで、ここからが問題だ。<br /><br />　「そこで私は此際、日本は思い切って世界で一番いい言語、一<br />番美しい言語をとって、その儘、国語に採用してはどうかと考え<br />ている。それにはフランス語が最もいいのではないかと思う。・<br />・・・・・今ならば実現出来ない事ではない」<br /><br />　今の日本語を作り替えて完全なものにするという事は、自分は<br />悲観的である。日本語と別れるのは寂しいことに違いないが、中<br />途半端な改革を行うよりは、百年後、二百年後の子孫のため、吾<br />々の感情を捨てて、思い切った措置を取るべき時だと思う。<br /><br />　でもフランス語に堪能というわけではない。長くはないパリに<br />滞在経験がある。がフランス語を志賀直哉が推す理由というのは<br />、フランスが「文化の進んだ国であり、小説を読んでも何か日本<br />人と通ずる物があるとおおわれるし、フランスの詩には和歌俳句<br />等の境地と共通するものがあると云われているし、文人たちによ<br />って或る時、整理された言語だともいうし・・・・」<br /><br />　これを読むと、フランス語自体がどうこうでなく、フランス語<br />を使うフラン人による文化、文学が優れているから、・・・とい<br />うのだ。ならフランス植民地の蛮人、がフランス語が広まってい<br />るのは普通の現象でも、ではそこで優れた文化、文学が生まれて<br />いるかといえば、・・・・・・違うだろう。<br /><br />　ともかくも、志賀直哉の文章はすばらしい、と戦前でも書き写<br />す人が結構多かったその格調高い日本語で文学作品を書いてきた<br />志賀直哉が、神とさえ崇められた志賀直哉が「日本語ではどうに<br />もこうにもそれが不完全すぎて表現に不自由した」というのだか<br />ら、その日本語でまた考えを発表だから矛盾ではある。<br /><br />　私自身、フランス語をかじって、感じるのは確かに独特なエレ<br />ガントな味わいがある、柔らかさがある言語だが、またこれを<br />国語とするなら大きな問題もある言語とも感じた。<br /><br />　印欧語では普通は「名詞」に性別がある。文法的性である。た<br />だし英語などは文法的性を完全に脱却している。がフランス語は<br />、名詞なら、ありとあらゆるジャンルの名詞、全て男性か女性の<br />性別がある。だから抽象名詞も動植物の名称も車の部品も、固有<br />名詞もありとあらゆる機械製品も、・・・・・性別がある。病名<br />もその症状、すべて性別がある。精神病　la psychoseは女性、<br />蛆虫のasticotは男性、幼虫で表現するとlarve 女性、クランクシャ<br />ふトは男性、苦しみ　peine は女性、免許取り消し　annulation<br />は女性、・・・・・・ネイティヴなら何の苦労もない？にせよ<br />集合名詞もやはり性別がある。では男女混じったグループなら、<br />男性が一人でもイたら男性名詞に扱い。<br /><br />　・・・・・・とまあ、不合理、バカバカしいの連続だ。<br /><br />　しかし、形容詞は形容される名詞の文法的性に従うから、とに<br />かく名詞の性は決めないと何も話せない。救助のヘリコプターが<br />来た!と話そうとしたフランス人がヘリコプターの性別に迷い、救<br />助が遅れたなんて話もあったそうだ。無論、冠詞も文法的性に従<br />う。<br /><br />　英語では所有人称代名詞　彼の母親　　His mother 当たり前だ。<br /><br />　だがフランス語は人称代名詞とはいわず、人称形容詞という。<br />これは特徴でもある。<br /><br />　よってフランス語では形容詞は名詞の性別にしたがう。彼の母で<br />も彼女の母でも「彼女の」の意味のsa mere　となる。彼の母を表<br />現できないのだ。ちょっとバカげているだとう。<br /><br />　古代ギリシャ語と比べると比較にならないが、フランス語は英語<br />より動詞の語形変化が複雑である。それが明晰に通じるとも思いに<br />くい。<br /><br />　昭和62年1月、河盛好蔵が日本文化会議で講演した、ここで聴講の<br />原書房社長から志賀直哉の国語転換について質問が出た。<br /><br />　河盛好蔵は<br /><br />　「私はあの志賀直哉の文章で、志賀直哉『小説の神様』という<br />概念を捨てました」<br /><br />　「あれは志賀さんも失言と思っていたんじゃないでしょうか。と<br />きに突拍子もないことを言う人なんですよ。フランス語に成って一<br />番困るのは志賀さんでしょう。あまり真面目に受け取るべきことじ<br />ゃないです」<br /><br />　原書房社長の成瀬恭は若い頃、文学青年で志賀直哉に傾倒してい<br />たが、あの文章以来、志賀直哉の書くものに警戒心を抱き始めた、<br />という。そうしたら河盛好蔵、「あなたのように、まともに受け取<br />らなくていいです」と<br /><br />　さりげなく志賀直哉、今は亡き文豪をかばったという<br /><br />　確かに日本語は全く異質の中国語の漢字を超大量に受け入れ、音<br />、訓読み、同音異義語の洪水という問題を生じている。だが日本語<br />の本質ではなく、漢字を取り込んだ結果の問題である。・・・・・<br />志賀直哉のいうのも一理はある。だがフランス語国語化さはさらに<br />論外にひどい。<br /><br />　付言すれば昭和33年、辰野隆らとの対談で国語問題を問われた志<br />賀は考えに変わりはないと言明したのである。<br /><a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520419343</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520413930.html</link>
      <title>井上靖『川の話』1955，川が人生に似ているのか、人生が川に似ているのか・・・・・？</title>
      <pubDate>Fri, 10 Apr 2026 18:39:25 +0900</pubDate>
            <description>　初期の旺文社文庫は最後に既刊の紹介があり、『井上靖・あすなろ物語』では「あすなろの樹になろうというモチーフ、・・・なお好短編「川の話」も併録する』という紹介の文章だったと思う。実は旺文社文庫の『あすなろ物語』に併録されているというで著名、というとやや大げさだが、確かに旺文社文庫『あすなろ物語』と密接に語られる短編ではある。　人それぞれ川については思い出があると思う。基本は生まれ育った地の川、さらに異郷の地の大学生の頃の川、それ以外でも川についての思い出は各人さまざまだろう。..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[

　初期の旺文社文庫は最後に既刊の紹介があり、『井上靖・
あすなろ物語』では「あすなろの樹になろうというモチー
フ、・・・なお好短編「川の話」も併録する』という紹介
の文章だったと思う。実は旺文社文庫の『あすなろ物語』に
併録されているというで著名、というとやや大げさだが、確
かに旺文社文庫『あすなろ物語』と密接に語られる短編では
ある。

　人それぞれ川については思い出があると思う。基本は生ま
れ育った地の川、さらに異郷の地の大学生の頃の川、それ以
外でも川についての思い出は各人さまざまだろう。

　幼いころ、せいぜい小学二年頃まで地元の川は全く清流で
あった。その後、その清流は全く失われてしまった。清流の
頃の川は、とにかくそこで、河原で子供たちは遊べた。自然
はまだ残り、生き物の宝庫だった。だが、それもはるかに失
われている。今もこの地に長く住み、子供時代から何かと云
えば「岡山県の三大河川です」と紹介されてきた高梁川、も
う河口近くだが、何かほぼ毎日、とまではいわないが、その
川面を見ている

　さて、井上靖は川に強い関心を持ち、それを作品のモチー
フとしている。まず最初期の『猟銃』、「白い河床」はあま
理に著名だが、それ以外、あまり知られていないが『昨日と
今日の間』、『満ちて来る潮』また『崖』など。また『川の
畔』では沼津の御成橋の上で「川明りというものが、妙に寂
しいものであることを知った」、それは少年時代だが、戦後、
中国を旅し、揚子江の夕暮れに漂う「白っぽい光線」に中国
の人達の寂しさを思いやっている。この「白」は『猟銃』の
白い河床とも通じる。

　『川の話』でも韓国の洛東江や中国の珠江を取り上げ「自
然と人間の、永劫的なものと瞬時的なものとの、一種の触れ
合い」と考えるのだ。人間の生活と入り離せない川だが、そ
の流れで人間の生活の体臭は洗い流される、

　散文詩『北国』は後年の小説のモチーフとなった詩が多い。
「猟銃」という散文詩はそのままタイトルともども小説『猟
銃』に、『白い牙』の冒頭の、あの「熊笹を踏みしだく」印
象深い散文詩、また詩「瞳」。

　井上靖は旧制高校を北陸の都、金沢で過ごしたことを自分
の文学上、非常に重要なものだったと考えている。旧制四高
である。井上靖は川の表現に「淙淙」と云う形容を用いるが、
淙淙にもっともふさわしい川は青春を過ごした金沢の犀川だ
いう。

「秋は磧(かわら)に散る陽の輝きが冷たく美しくなり、冬は
いかにも雪でおおわれた白山の山肌から流れ出してくる川
らしく、水の色が青黒くなり、泡立ち一つにも厳しいものが
感じられる」し、「淙々たる流れの音が際立って美しく感じ
られる」
<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/10118_3_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="10118_3_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/10118_3_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="480"></a>
　

　人生を川に喩えて、そこに何らかの空白を見る井上靖は、
逆に川そのものを見るときに、それはほぼ人格化してしまう。
『川の話』の語り手は、日本の川で最も好きな川はダムが出
来る以前の天竜川だという。それは、この川が小さく鋭い屈
曲の連鎖で形成され、その無数の傷跡を刻みつけられた人生
が「切ない一途なものを感じ」させるからだという。

　確かに井上文学を読めば、このキズだらけで一途なものが、
人を寄せ付けぬ無惨な顔貌の下に切ない思いを隠した『戦国
無頼』の鏡弥平太や『風林火山』の山本勘助とにも流れてい
ると、すぐに気づくだろうか。

　人生が川のようなものなのか、川が人生のようなものなのか、
それはわからないが、人間を拒否する不毛の地を行くときほど、
川の姿は「人生の愛情」を「純粋無垢の清冽さ」で蘇るという。

























<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<br />　初期の旺文社文庫は最後に既刊の紹介があり、『井上靖・<br />あすなろ物語』では「あすなろの樹になろうというモチー<br />フ、・・・なお好短編「川の話」も併録する』という紹介<br />の文章だったと思う。実は旺文社文庫の『あすなろ物語』に<br />併録されているというで著名、というとやや大げさだが、確<br />かに旺文社文庫『あすなろ物語』と密接に語られる短編では<br />ある。<br /><br />　人それぞれ川については思い出があると思う。基本は生ま<br />れ育った地の川、さらに異郷の地の大学生の頃の川、それ以<br />外でも川についての思い出は各人さまざまだろう。<br /><br />　幼いころ、せいぜい小学二年頃まで地元の川は全く清流で<br />あった。その後、その清流は全く失われてしまった。清流の<br />頃の川は、とにかくそこで、河原で子供たちは遊べた。自然<br />はまだ残り、生き物の宝庫だった。だが、それもはるかに失<br />われている。今もこの地に長く住み、子供時代から何かと云<br />えば「岡山県の三大河川です」と紹介されてきた高梁川、も<br />う河口近くだが、何かほぼ毎日、とまではいわないが、その<br />川面を見ている<br /><br />　さて、井上靖は川に強い関心を持ち、それを作品のモチー<br />フとしている。まず最初期の『猟銃』、「白い河床」はあま<br />理に著名だが、それ以外、あまり知られていないが『昨日と<br />今日の間』、『満ちて来る潮』また『崖』など。また『川の<br />畔』では沼津の御成橋の上で「川明りというものが、妙に寂<br />しいものであることを知った」、それは少年時代だが、戦後、<br />中国を旅し、揚子江の夕暮れに漂う「白っぽい光線」に中国<br />の人達の寂しさを思いやっている。この「白」は『猟銃』の<br />白い河床とも通じる。<br /><br />　『川の話』でも韓国の洛東江や中国の珠江を取り上げ「自<br />然と人間の、永劫的なものと瞬時的なものとの、一種の触れ<br />合い」と考えるのだ。人間の生活と入り離せない川だが、そ<br />の流れで人間の生活の体臭は洗い流される、<br /><br />　散文詩『北国』は後年の小説のモチーフとなった詩が多い。<br />「猟銃」という散文詩はそのままタイトルともども小説『猟<br />銃』に、『白い牙』の冒頭の、あの「熊笹を踏みしだく」印<br />象深い散文詩、また詩「瞳」。<br /><br />　井上靖は旧制高校を北陸の都、金沢で過ごしたことを自分<br />の文学上、非常に重要なものだったと考えている。旧制四高<br />である。井上靖は川の表現に「淙淙」と云う形容を用いるが、<br />淙淙にもっともふさわしい川は青春を過ごした金沢の犀川だ<br />いう。<br /><br />「秋は磧(かわら)に散る陽の輝きが冷たく美しくなり、冬は<br />いかにも雪でおおわれた白山の山肌から流れ出してくる川<br />らしく、水の色が青黒くなり、泡立ち一つにも厳しいものが<br />感じられる」し、「淙々たる流れの音が際立って美しく感じ<br />られる」<br /><a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/10118_3_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="10118_3_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/10118_3_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="480" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/10118_3_l-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　<br /><br />　人生を川に喩えて、そこに何らかの空白を見る井上靖は、<br />逆に川そのものを見るときに、それはほぼ人格化してしまう。<br />『川の話』の語り手は、日本の川で最も好きな川はダムが出<br />来る以前の天竜川だという。それは、この川が小さく鋭い屈<br />曲の連鎖で形成され、その無数の傷跡を刻みつけられた人生<br />が「切ない一途なものを感じ」させるからだという。<br /><br />　確かに井上文学を読めば、このキズだらけで一途なものが、<br />人を寄せ付けぬ無惨な顔貌の下に切ない思いを隠した『戦国<br />無頼』の鏡弥平太や『風林火山』の山本勘助とにも流れてい<br />ると、すぐに気づくだろうか。<br /><br />　人生が川のようなものなのか、川が人生のようなものなのか、<br />それはわからないが、人間を拒否する不毛の地を行くときほど、<br />川の姿は「人生の愛情」を「純粋無垢の清冽さ」で蘇るという。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520413930</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520411692.html</link>
      <title>（日本人には腹が立っても）米中のG2から中国一国のG1の世界へ。アメリカ、ミサイルの打ち合いでもイランに負ける</title>
      <pubDate>Fri, 10 Apr 2026 12:42:04 +0900</pubDate>
            <description>　 　ネットでは反中感情によると思われる中国崩壊論、没落論は相変わらずで雑誌メディアでも同じような傾向である。むろん日本国内の話だ、日本では中国崩壊論が受けるから仕方がないが、今回のアメリカのイラン攻撃、これを2026年のイラン戦争と云うなら、イラン戦争はアメリカが中国への打撃を狙って周到に行った計画的な国家行動だ、との主張が多かった。　イスラエル自身のイラン攻撃は独自のシオニズム、防衛コンセプトによるものとしても、トランプ大統領はそれなりの思惑があった、それを「真のターゲッ..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-10T124708.061.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; - 2026-04-10T124708.061.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-10T124708.061-thumbnail2.jpg" width="269" height="187"></a>
 　ネットでは反中感情によると思われる中国崩壊論、没落論
は相変わらずで雑誌メディアでも同じような傾向である。む
ろん日本国内の話だ、日本では中国崩壊論が受けるから仕方
がないが、今回のアメリカのイラン攻撃、これを2026年のイ
ラン戦争と云うなら、イラン戦争はアメリカが中国への打撃
を狙って周到に行った計画的な国家行動だ、との主張が多か
った。

　イスラエル自身のイラン攻撃は独自のシオニズム、防衛
コンセプトによるものとしても、トランプ大統領はそれなり
の思惑があった、それを「真のターゲットは中国」だった、
と見做すのは、トランプを買いかぶり過ぎというものだろう。
結果的にイランが体制転覆でき、親米国家に転換なら確かに
中国への打撃、別に致命的打撃ともいえないが、・・・にな
得たであろうが、無類に堅固な守りに強いイラン、際限もな
さそうなミサイル攻撃力と圧倒的な地政学的優位さを駆使し
た非対称戦にアメリカは実質的に、戦略的に敗北を喫してし
まった。トランプ大統領はその頭の中身まで疑われ、議会に
よる強制的罷免すら論議されている。イランは一時停戦に応
じ、ホルムズ海峡の開放にいったんは同意したが、イスラエ
ルのレバノン侵攻で再び海峡封鎖に戻っている。端的に言え
ば、イランは一時停戦にはほぼ関心はなく、どこまでも永久
的なイランへの武力不行使を求めているのである。それはイ
ラン外務大臣がSNSｗで明言している。

　しかしイランとウラン希釈などの交渉中にいきなりの攻撃
、最高指導者の暗殺だから単成る奇襲攻撃を超えた背信であ
り、トランプ大統領ではもはやイランとまともな交渉も出来
る道理はない。アメリカは親米湾岸諸国さえもイランのミサ
イル、ドローン攻撃からさっぱり守れず、ついには対抗のミ
サイルも枯渇に瀕して、あまりの迷言からイラン各国大使館
がトランプ大統領に「じいさん、しっかししろ」と嘲笑され
るほどである。

　ここで、中国だ。むろん、中東からの石油、イランの格安
の石油は中国には重要だが、ロシアが日本向けに敷設の石油
パイプラインはごっそり中国が利用である。石炭は基本的に
石油の代替は可能である。ナフサもエチレンもガソリン、軽
油もすべて製造できる。その石炭の生産では中国は圧倒的と
いうもので世界の50％を超えるほどである。また石油輸入も
長年のアフリカ政策から別ルートでアフリカから輸入してい
る。日本と言えばロシアからの石油パイプラインも失い、
首相はロシア入国禁止処分であり、全くロシアと交渉できな
いに等しい。とにかく全世界に着々と手を打つ、安易に紛争に
関わらない、という中国の冷徹な姿勢はトランプのいうG2か
らアメリカの没落によるG1、中国一国、世界の確固たる指導者
としての習近平と日本人には面白くなくとも習近平に止めを刺
すだろう。

　もはや台湾有事でも米軍が駆けつけて台湾を防衛など、絵空
事としかいいようがない。イランとのミサイル打ち合いに負け、
自国の軍事基地を置いていた湾岸諸国もイランのミサイル、ド
ローン攻撃から守れないのだから。存立危事態認定で米軍の助
太刀で自衛隊が駆けつけるなど、おとぎ話だろう。

　2026年、イラン戦争の隠れた敗者は中国どころか真の勝者は、
やはり中国であった。日本がそれにどう対処するかは分からな
い。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-10T124708.061.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード - 2026-04-10T124708.061.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-10T124708.061-thumbnail2.jpg" width="269" height="187" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-10T124708.061-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /> 　ネットでは反中感情によると思われる中国崩壊論、没落論<br />は相変わらずで雑誌メディアでも同じような傾向である。む<br />ろん日本国内の話だ、日本では中国崩壊論が受けるから仕方<br />がないが、今回のアメリカのイラン攻撃、これを2026年のイ<br />ラン戦争と云うなら、イラン戦争はアメリカが中国への打撃<br />を狙って周到に行った計画的な国家行動だ、との主張が多か<br />った。<br /><br />　イスラエル自身のイラン攻撃は独自のシオニズム、防衛<br />コンセプトによるものとしても、トランプ大統領はそれなり<br />の思惑があった、それを「真のターゲットは中国」だった、<br />と見做すのは、トランプを買いかぶり過ぎというものだろう。<br />結果的にイランが体制転覆でき、親米国家に転換なら確かに<br />中国への打撃、別に致命的打撃ともいえないが、・・・にな<br />得たであろうが、無類に堅固な守りに強いイラン、際限もな<br />さそうなミサイル攻撃力と圧倒的な地政学的優位さを駆使し<br />た非対称戦にアメリカは実質的に、戦略的に敗北を喫してし<br />まった。トランプ大統領はその頭の中身まで疑われ、議会に<br />よる強制的罷免すら論議されている。イランは一時停戦に応<br />じ、ホルムズ海峡の開放にいったんは同意したが、イスラエ<br />ルのレバノン侵攻で再び海峡封鎖に戻っている。端的に言え<br />ば、イランは一時停戦にはほぼ関心はなく、どこまでも永久<br />的なイランへの武力不行使を求めているのである。それはイ<br />ラン外務大臣がSNSｗで明言している。<br /><br />　しかしイランとウラン希釈などの交渉中にいきなりの攻撃<br />、最高指導者の暗殺だから単成る奇襲攻撃を超えた背信であ<br />り、トランプ大統領ではもはやイランとまともな交渉も出来<br />る道理はない。アメリカは親米湾岸諸国さえもイランのミサ<br />イル、ドローン攻撃からさっぱり守れず、ついには対抗のミ<br />サイルも枯渇に瀕して、あまりの迷言からイラン各国大使館<br />がトランプ大統領に「じいさん、しっかししろ」と嘲笑され<br />るほどである。<br /><br />　ここで、中国だ。むろん、中東からの石油、イランの格安<br />の石油は中国には重要だが、ロシアが日本向けに敷設の石油<br />パイプラインはごっそり中国が利用である。石炭は基本的に<br />石油の代替は可能である。ナフサもエチレンもガソリン、軽<br />油もすべて製造できる。その石炭の生産では中国は圧倒的と<br />いうもので世界の50％を超えるほどである。また石油輸入も<br />長年のアフリカ政策から別ルートでアフリカから輸入してい<br />る。日本と言えばロシアからの石油パイプラインも失い、<br />首相はロシア入国禁止処分であり、全くロシアと交渉できな<br />いに等しい。とにかく全世界に着々と手を打つ、安易に紛争に<br />関わらない、という中国の冷徹な姿勢はトランプのいうG2か<br />らアメリカの没落によるG1、中国一国、世界の確固たる指導者<br />としての習近平と日本人には面白くなくとも習近平に止めを刺<br />すだろう。<br /><br />　もはや台湾有事でも米軍が駆けつけて台湾を防衛など、絵空<br />事としかいいようがない。イランとのミサイル打ち合いに負け、<br />自国の軍事基地を置いていた湾岸諸国もイランのミサイル、ド<br />ローン攻撃から守れないのだから。存立危事態認定で米軍の助<br />太刀で自衛隊が駆けつけるなど、おとぎ話だろう。<br /><br />　2026年、イラン戦争の隠れた敗者は中国どころか真の勝者は、<br />やはり中国であった。日本がそれにどう対処するかは分からな<br />い。<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520411692</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520406083.html</link>
      <title>坂口安吾『狂人遺書』人間を突き動かすのは不合理な情念ではないかという安吾の思い</title>
      <pubDate>Thu, 09 Apr 2026 18:48:39 +0900</pubDate>
            <description>　坂口安吾、1906～1955，坂口安吾は1955年2月17日、桐生市で亡くなった。その年、1月1日、発表されたという『狂人遺書』別に安吾が自分を狂人として、安吾の遺書として書いたのではない。豊臣秀吉の最期、それを独白体で描いた歴史小説である。安吾の秀吉の解釈だが、そこに自らの生き方も投影しているはずだろう。とりあえず狂人とは豊臣秀吉のことだ。　坂口安吾は秀吉の内面をどう考えたのか、・・・秀吉は朝鮮出兵を行うつもりは毛頭なかった。はじめは小西行長、石田三成と相談して、明との貿..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[

　坂口安吾、1906～1955，坂口安吾は1955年2月17日、桐生市
で亡くなった。その年、1月1日、発表されたという『狂人遺書』
別に安吾が自分を狂人として、安吾の遺書として書いたのでは
ない。豊臣秀吉の最期、それを独白体で描いた歴史小説である。
安吾の秀吉の解釈だが、そこに自らの生き方も投影しているはず
だろう。とりあえず狂人とは豊臣秀吉のことだ。

　坂口安吾は秀吉の内面をどう考えたのか、・・・秀吉は朝鮮出
兵を行うつもりは毛頭なかった。はじめは小西行長、石田三成と
相談して、明との貿易の再開を交渉し、あるいは明とも風下に立
ってもいいとさえ考えていた。そのため朝鮮を仲介役として貿易、
外交を進めていくつもりであった、のだが国内で諸大名を抑え、
権威を輝かせようという焦りから、自らの余命が短くなるにつれ、
それが強迫観念になったため心にもない、大言壮語を連発してし
まい、どうにも引っ込みがつかなくなって、ついに朝鮮出兵を実
行してしまった、というのである。

　さらに、遂に生まれた子どもの鶴丸が死んでしまったため、秀
吉はさらに絶望にさいなまれた。秀頼が生まれると、今度は関白
の位を譲った弟の秀次が邪魔に思え、、側室多数まで含め、抹殺
してしまった。秀次が狂気だったと言うが、実は秀吉こそ狂気で
あったのだ。

　二度目の朝鮮出兵、1957年の慶長の役、が始まってから、朝鮮に
無意味な非道な戦役が始まってからは、秀頼の前途への不安も加わ
り、精神は不安定の極となり、家康、前田利家に秀頼を頼むと落涙
した。

　で秀吉の最期の気持ちは

　「皆々は、おれをダワケを思うだろう。それほど出兵が心配なら
、なぜいますぐ撤退の命令を出さないのか、と。そこが、オレの恥
さらしのところなんだ。虚栄と見栄、むやみに威勢を張りたいだけ
のバカものだ。だから、こんな無惨なことになったのだ。せめて、オ
レの息のあるうちに、このバカを続けさせてくれ。オレの一生に見栄
と虚勢を貫徹させてくれ」

　ここまで秀吉が謙虚な人間だったとも思えないが、最後は超弱気で
あったのは事実だろう。

　つまるところ、安吾の最後の作品といっていい『狂人遺書』は、秀
吉の独白、告白体で、秀吉の遺書という形で書いたものだ。

　では安吾自身が自分の死を予期し、自分の遺書としての意味をこの
作品に託したのだろうか。・・・・・・まず、そこまで安吾は自身の
死を予期していなかったはずだ。だが過度の飲酒もあって急死した。

　安吾のその直後と言っていい急死は偶然というほかないが、だが常
に安吾は自身の死をも覚悟していたともいって、何の言い過ぎではな
いだろう。だから、この作品にも安吾の人生観、思想が投影されてい
る。人間を突き動かすものは合理的精神より、非合理的なものではな
いか、その非合理こそが人間の基底にあって中心の動機ではないのか、
という思いなのだ。理性より不合理なのだ。

　それの非合理的な情念で奔放に安吾は生き抜いた。安吾の文章で、
こうある。

　「芸術家は奔放に生きないと、よい芸術は作れない。変に処世の術
などを身につけ、当たり障りのない言動をするようになると、立派な
才能は死んでしまう」

　たしかにこれも、安吾の告白であり、その生涯を貫くものだろう。

　安吾、死の三日前、室戸岬で(足摺岬ではない！)

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/03308887N000000000/158147871594240823258.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_2966.JPG" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/03308887N000000000/158147871594240823258-thumbnail2.jpg" width="640" height="480"></a><a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<br />　坂口安吾、1906～1955，坂口安吾は1955年2月17日、桐生市<br />で亡くなった。その年、1月1日、発表されたという『狂人遺書』<br />別に安吾が自分を狂人として、安吾の遺書として書いたのでは<br />ない。豊臣秀吉の最期、それを独白体で描いた歴史小説である。<br />安吾の秀吉の解釈だが、そこに自らの生き方も投影しているはず<br />だろう。とりあえず狂人とは豊臣秀吉のことだ。<br /><br />　坂口安吾は秀吉の内面をどう考えたのか、・・・秀吉は朝鮮出<br />兵を行うつもりは毛頭なかった。はじめは小西行長、石田三成と<br />相談して、明との貿易の再開を交渉し、あるいは明とも風下に立<br />ってもいいとさえ考えていた。そのため朝鮮を仲介役として貿易、<br />外交を進めていくつもりであった、のだが国内で諸大名を抑え、<br />権威を輝かせようという焦りから、自らの余命が短くなるにつれ、<br />それが強迫観念になったため心にもない、大言壮語を連発してし<br />まい、どうにも引っ込みがつかなくなって、ついに朝鮮出兵を実<br />行してしまった、というのである。<br /><br />　さらに、遂に生まれた子どもの鶴丸が死んでしまったため、秀<br />吉はさらに絶望にさいなまれた。秀頼が生まれると、今度は関白<br />の位を譲った弟の秀次が邪魔に思え、、側室多数まで含め、抹殺<br />してしまった。秀次が狂気だったと言うが、実は秀吉こそ狂気で<br />あったのだ。<br /><br />　二度目の朝鮮出兵、1957年の慶長の役、が始まってから、朝鮮に<br />無意味な非道な戦役が始まってからは、秀頼の前途への不安も加わ<br />り、精神は不安定の極となり、家康、前田利家に秀頼を頼むと落涙<br />した。<br /><br />　で秀吉の最期の気持ちは<br /><br />　「皆々は、おれをダワケを思うだろう。それほど出兵が心配なら<br />、なぜいますぐ撤退の命令を出さないのか、と。そこが、オレの恥<br />さらしのところなんだ。虚栄と見栄、むやみに威勢を張りたいだけ<br />のバカものだ。だから、こんな無惨なことになったのだ。せめて、オ<br />レの息のあるうちに、このバカを続けさせてくれ。オレの一生に見栄<br />と虚勢を貫徹させてくれ」<br /><br />　ここまで秀吉が謙虚な人間だったとも思えないが、最後は超弱気で<br />あったのは事実だろう。<br /><br />　つまるところ、安吾の最後の作品といっていい『狂人遺書』は、秀<br />吉の独白、告白体で、秀吉の遺書という形で書いたものだ。<br /><br />　では安吾自身が自分の死を予期し、自分の遺書としての意味をこの<br />作品に託したのだろうか。・・・・・・まず、そこまで安吾は自身の<br />死を予期していなかったはずだ。だが過度の飲酒もあって急死した。<br /><br />　安吾のその直後と言っていい急死は偶然というほかないが、だが常<br />に安吾は自身の死をも覚悟していたともいって、何の言い過ぎではな<br />いだろう。だから、この作品にも安吾の人生観、思想が投影されてい<br />る。人間を突き動かすものは合理的精神より、非合理的なものではな<br />いか、その非合理こそが人間の基底にあって中心の動機ではないのか、<br />という思いなのだ。理性より不合理なのだ。<br /><br />　それの非合理的な情念で奔放に安吾は生き抜いた。安吾の文章で、<br />こうある。<br /><br />　「芸術家は奔放に生きないと、よい芸術は作れない。変に処世の術<br />などを身につけ、当たり障りのない言動をするようになると、立派な<br />才能は死んでしまう」<br /><br />　たしかにこれも、安吾の告白であり、その生涯を貫くものだろう。<br /><br />　安吾、死の三日前、室戸岬で(足摺岬ではない！)<br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/03308887N000000000/158147871594240823258.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="IMG_2966.JPG" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/03308887N000000000/158147871594240823258-thumbnail2.jpg" width="640" height="480" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/03308887N000000000/158147871594240823258-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520406083</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520403749.html</link>
      <title>スバル、WRX　STiスポーツ、６MTを600台限定リリース、購入は全国で抽選。残クレ購入が実質、大半か？</title>
      <pubDate>Thu, 09 Apr 2026 12:36:31 +0900</pubDate>
            <description>　さて最近、豪州でスバルがWRX　STi　6MTを限定リリースと報じられたと思ったら、今度は国内で600台、限定リリース。CATVのS4が最近、販売終了となったと聞いていたが、圧倒的に希望が多かった6MTバージョンのリリース、販売である。プライスは消費税込みで610万5000円という。近年の国内の高級車の価格高騰を思えばさほど高くは思えない。オプションは最低でも50万円は必要だろうし、法定費用、諸経費を加えればプラス、最低で70万以上で700万円近いと思うが、それでも他の高級..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[

　さて最近、豪州でスバルがWRX　STi　6MTを限定リリース
と報じられたと思ったら、今度は国内で600台、限定リリース。
CATVのS4が最近、販売終了となったと聞いていたが、圧倒的に
希望が多かった6MTバージョンのリリース、販売である。プラ
イスは消費税込みで610万5000円という。近年の国内の高級車
の価格高騰を思えばさほど高くは思えない。オプションは最低
でも50万円は必要だろうし、法定費用、諸経費を加えればプラ
ス、最低で70万以上で700万円近いと思うが、それでも他の高
級車に比べればさほどでもないだろう。

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/006_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="006_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/006_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400"></a>

　そこで、これを「残クレ」で購入するケースは多いかもしれ
ない。ディーラーとしても3～4年後に車を回収できるウマミ、
中古で高額で売れる、と「一粒で二度おいしい」わけだろう。
購入はあくまで全国のディーラーに申し込んでの抽選である。
一括購入でも中古でさらに高価で売れる可能性が高いから、そ
れも賢い手かもしれない。間違いなく中古車価格は非常に高く
なるとは思うが、・・・・さて、どの程度に考えると微妙でも
ある。

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/007_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="007_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/007_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400"></a>

　WRX　STiは元来インプレッサにつけられた名称である。WRC
にスバルは最初、レガシーで挑戦したがややボディが大きすぎる、
もうちょっとコンパクトな車でということでWRCはインプレッサ
えチャレンジとなった。そこからWRXSTiがインプレッサの最高位
グレードにつけられ始めた、…、いつ頃だろうか。かなり前だと
思う。コンパクトネスの魅力のインプレッサをスバルはスポーツ
車種、レース用車種として育てたわけである。セダンは不適であ
り、コンパクトな5HBでレースを、がスバルの考えであり、これ
は結構、長く続いた。

<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/004_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="004_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/004_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400"></a>

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/005_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="005_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/005_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400"></a>

　2011年6月か7月のベースのインプレッサのFMCまでWRX　STiは
インプレッサの最上級バージョンであった。でベースのインプレッ
サの2011年のFMCのとき、インプレッサWRX STiは独自の車種とし
て独立となった。その後、より大型ボディのレヴォーグがリリース
され、実質レヴォーグセダンとしてのボディでWRX STiがリリース
された。全幅が1.9ｍクラスでかってのインプレッサのコンパクトネ
スのアイデンティティは失われた。その後、6MTが廃止され、CATV
のS4が残った。

　さて、6年ぶりに6MTの復活のWRX　STi。エンジンは2.4Lでボディ
は無論、実質、レヴォーグセダンと大きい。かってのEJ20よりパワー
は低い。端的云えばスポーティー度は低いといえるがレースに参加
している。

　・・・・・欲しいか？と問われたら、現実、無理というもの、そ
の車幅は狭い道を通って自宅に向かう必要から実用上、不適である
が、高齢者講習世代になってWRX STiを公道で乗り回す意味はない。
どこでもパフォーマンスは発揮できなし、燃費も悪すぎる。現在保
有の外観優先のインプレッサGDB・GHで十分ではある。

　今となれば希少すぎる車となる。十分資産にはなり得る。余裕さ
えあれば買える人は申し込むのも意味はある。だが、車の楽しみを
優先なら無用の長物である。

　

　<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<br />　さて最近、豪州でスバルがWRX　STi　6MTを限定リリース<br />と報じられたと思ったら、今度は国内で600台、限定リリース。<br />CATVのS4が最近、販売終了となったと聞いていたが、圧倒的に<br />希望が多かった6MTバージョンのリリース、販売である。プラ<br />イスは消費税込みで610万5000円という。近年の国内の高級車<br />の価格高騰を思えばさほど高くは思えない。オプションは最低<br />でも50万円は必要だろうし、法定費用、諸経費を加えればプラ<br />ス、最低で70万以上で700万円近いと思うが、それでも他の高<br />級車に比べればさほどでもないだろう。<br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/006_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="006_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/006_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/006_l-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　そこで、これを「残クレ」で購入するケースは多いかもしれ<br />ない。ディーラーとしても3～4年後に車を回収できるウマミ、<br />中古で高額で売れる、と「一粒で二度おいしい」わけだろう。<br />購入はあくまで全国のディーラーに申し込んでの抽選である。<br />一括購入でも中古でさらに高価で売れる可能性が高いから、そ<br />れも賢い手かもしれない。間違いなく中古車価格は非常に高く<br />なるとは思うが、・・・・さて、どの程度に考えると微妙でも<br />ある。<br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/007_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="007_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/007_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/007_l-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　WRX　STiは元来インプレッサにつけられた名称である。WRC<br />にスバルは最初、レガシーで挑戦したがややボディが大きすぎる、<br />もうちょっとコンパクトな車でということでWRCはインプレッサ<br />えチャレンジとなった。そこからWRXSTiがインプレッサの最高位<br />グレードにつけられ始めた、…、いつ頃だろうか。かなり前だと<br />思う。コンパクトネスの魅力のインプレッサをスバルはスポーツ<br />車種、レース用車種として育てたわけである。セダンは不適であ<br />り、コンパクトな5HBでレースを、がスバルの考えであり、これ<br />は結構、長く続いた。<br /><br /><a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/004_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="004_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/004_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/004_l-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/005_l.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="005_l.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/005_l-thumbnail2.jpg" width="640" height="400" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/005_l-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　2011年6月か7月のベースのインプレッサのFMCまでWRX　STiは<br />インプレッサの最上級バージョンであった。でベースのインプレッ<br />サの2011年のFMCのとき、インプレッサWRX STiは独自の車種とし<br />て独立となった。その後、より大型ボディのレヴォーグがリリース<br />され、実質レヴォーグセダンとしてのボディでWRX STiがリリース<br />された。全幅が1.9ｍクラスでかってのインプレッサのコンパクトネ<br />スのアイデンティティは失われた。その後、6MTが廃止され、CATV<br />のS4が残った。<br /><br />　さて、6年ぶりに6MTの復活のWRX　STi。エンジンは2.4Lでボディ<br />は無論、実質、レヴォーグセダンと大きい。かってのEJ20よりパワー<br />は低い。端的云えばスポーティー度は低いといえるがレースに参加<br />している。<br /><br />　・・・・・欲しいか？と問われたら、現実、無理というもの、そ<br />の車幅は狭い道を通って自宅に向かう必要から実用上、不適である<br />が、高齢者講習世代になってWRX STiを公道で乗り回す意味はない。<br />どこでもパフォーマンスは発揮できなし、燃費も悪すぎる。現在保<br />有の外観優先のインプレッサGDB・GHで十分ではある。<br /><br />　今となれば希少すぎる車となる。十分資産にはなり得る。余裕さ<br />えあれば買える人は申し込むのも意味はある。だが、車の楽しみを<br />優先なら無用の長物である。<br /><br />　<br /><br />　<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520403749</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520398173.html</link>
      <title>江藤淳『小林秀雄』1961，講談社、難解な人物を難解に解釈した人物論</title>
      <pubDate>Wed, 08 Apr 2026 18:41:29 +0900</pubDate>
            <description>　　これは江藤淳にとって最高の力作と思われる。小林秀雄、あの批評家、煙に巻かれるようなあの著作の著者を「批評という行為を彼自身の存在の問題として意識した」…最初の批評家と江藤淳が考えている小林秀雄について、ついに小林秀雄が「詩的な精神を持った批評家からひとりの詩人への転換をなしとげる」までのすさまじい苦闘の過程を膨大な資料をもとにして大いなる教官と尊敬の念を込めて感動深く書いた、・・・・えらく長ったらしくなったが、とにかく力作なのだ。　だが小林秀雄が何か難解なのと同じく、その..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-08T184206.338.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; - 2026-04-08T184206.338.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-08T184206.338-thumbnail2.jpg" width="187" height="269"></a>
　これは江藤淳にとって最高の力作と思われる。小林秀雄、あ
の批評家、煙に巻かれるようなあの著作の著者を「批評という
行為を彼自身の存在の問題として意識した」…最初の批評家と
江藤淳が考えている小林秀雄について、ついに小林秀雄が「
詩的な精神を持った批評家からひとりの詩人への転換をなしと
げる」までのすさまじい苦闘の過程を膨大な資料をもとにして
大いなる教官と尊敬の念を込めて感動深く書いた、・・・・
えらく長ったらしくなったが、とにかく力作なのだ。

　だが小林秀雄が何か難解なのと同じく、その人物論もまこと
に難解である、と云わねばならない。

　批評家、文学批評家は多いがなぜ小林秀雄は小林秀雄になり
得たのか、のである。小林秀雄も数多い著名人物を輩出の東大
仏文、で東大仏文族である。戦前において、東大仏文でも一般
に就職は至難であった。誰も書かないが、この人物論も書いて
いないが、やはり小林秀雄の生き方を理解するうえで重要だと
思う。

　小林秀雄がいかにしてあの批評家になり得たかである。それ
について江藤淳は小林秀雄と中原中也とその「愛人」との三角
関係だという。その結果の「失恋」で小林秀雄は自殺を考えた
のだが、「自殺の理論」を完成することによって、その過程で
「批評家」になり得た、というのだ。

　さらに仏文らしく小林秀雄に大きな影響を与えたのはランボ
オだという。江藤淳は「ランボオは彼に破壊を与えた。何を破
壊か。彼には充分には信じ得なかった『詩』であり、彼の内に
あって彼を拘束していた『父』の役割である」という。　

　小林秀雄の文壇生活は、その内面の激動がいったんは静寂と
なった時に始まった。昭和2年の芥川の自殺につづく混沌とした
、錯綜した文壇の新旧の交代劇である。文壇は左傾化を良心の
義務とするような思想の風潮の中、プロレタリア文学の疾風怒
濤となる。ここで小林秀雄の批評家としての地位が確立された、

　それは『様々なる意匠』、1929年、「改造」懸賞論文で次点
入選となり、一等は宮本顕治の『敗北の文学』であったのは、
次点とは言え、真の文壇デビューであった。これ以後、「文学
界」での活躍が始まった。

　その後、昭和10年前後の小林秀雄は「近代文学」同人たちに
より、マルクス主義、マルクス文学、つまりプロレタリア文学
だが、…‥それらに接近してたという見方に江藤淳は、江藤淳
らしくそれを虚像として退けている。それは戦時下の中国への
旅を中心とする文章は江藤淳の大いに弁護となっているようだ。
右的立場の江藤淳はここでも一貫していると思う。小林秀雄の
「社会化された私」という言葉、これも煙に巻かれるが、これ
について江藤淳の独自解釈を行っている。

　小林秀雄が「思想」と「人間」を探求し、その激動の過程で
、いつしか「人間」を見失った小林秀雄が、意外にも「菊池寛
という巨大な生活者の中に再発足する」家庭、正宗白鳥との「
思想と実生活」についての論争。まずズバリわかりやすい白鳥
と煙に巻く小林秀雄の論争は面白くもすれ違いである。

　何とも充実している！内容のだが難解な人物論、それは小林
秀雄が難解、ということなのだが、「批評家としての小林秀雄
の思想の全てが圧縮されてる」と江藤淳の言う「モオツァルト」
の「見事さ」を述べることが終章となっている。

　「小林秀雄の文学観を批判しつくしたいという野望が私に
なかったわけではない。だが、文学観の批判がいったい何で
あろうか、このような赤裸々な心を開いて私の前に立ってい
る一人の人間の存在の重さに比べれば」

　文学批評家に何を求めるか、だが私は小林秀雄は本来の意味
の文学批評家ではないと思う。文学へ特殊に寄生し、自らを独
自の展開をはかった、分かりにくい煙に巻くかのような難解な
言い回しをアイデンティティとした、まことに奇異な文学者で
あろう。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-08T184206.338.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード - 2026-04-08T184206.338.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-08T184206.338-thumbnail2.jpg" width="187" height="269" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-08T184206.338-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　これは江藤淳にとって最高の力作と思われる。小林秀雄、あ<br />の批評家、煙に巻かれるようなあの著作の著者を「批評という<br />行為を彼自身の存在の問題として意識した」…最初の批評家と<br />江藤淳が考えている小林秀雄について、ついに小林秀雄が「<br />詩的な精神を持った批評家からひとりの詩人への転換をなしと<br />げる」までのすさまじい苦闘の過程を膨大な資料をもとにして<br />大いなる教官と尊敬の念を込めて感動深く書いた、・・・・<br />えらく長ったらしくなったが、とにかく力作なのだ。<br /><br />　だが小林秀雄が何か難解なのと同じく、その人物論もまこと<br />に難解である、と云わねばならない。<br /><br />　批評家、文学批評家は多いがなぜ小林秀雄は小林秀雄になり<br />得たのか、のである。小林秀雄も数多い著名人物を輩出の東大<br />仏文、で東大仏文族である。戦前において、東大仏文でも一般<br />に就職は至難であった。誰も書かないが、この人物論も書いて<br />いないが、やはり小林秀雄の生き方を理解するうえで重要だと<br />思う。<br /><br />　小林秀雄がいかにしてあの批評家になり得たかである。それ<br />について江藤淳は小林秀雄と中原中也とその「愛人」との三角<br />関係だという。その結果の「失恋」で小林秀雄は自殺を考えた<br />のだが、「自殺の理論」を完成することによって、その過程で<br />「批評家」になり得た、というのだ。<br /><br />　さらに仏文らしく小林秀雄に大きな影響を与えたのはランボ<br />オだという。江藤淳は「ランボオは彼に破壊を与えた。何を破<br />壊か。彼には充分には信じ得なかった『詩』であり、彼の内に<br />あって彼を拘束していた『父』の役割である」という。　<br /><br />　小林秀雄の文壇生活は、その内面の激動がいったんは静寂と<br />なった時に始まった。昭和2年の芥川の自殺につづく混沌とした<br />、錯綜した文壇の新旧の交代劇である。文壇は左傾化を良心の<br />義務とするような思想の風潮の中、プロレタリア文学の疾風怒<br />濤となる。ここで小林秀雄の批評家としての地位が確立された、<br /><br />　それは『様々なる意匠』、1929年、「改造」懸賞論文で次点<br />入選となり、一等は宮本顕治の『敗北の文学』であったのは、<br />次点とは言え、真の文壇デビューであった。これ以後、「文学<br />界」での活躍が始まった。<br /><br />　その後、昭和10年前後の小林秀雄は「近代文学」同人たちに<br />より、マルクス主義、マルクス文学、つまりプロレタリア文学<br />だが、…‥それらに接近してたという見方に江藤淳は、江藤淳<br />らしくそれを虚像として退けている。それは戦時下の中国への<br />旅を中心とする文章は江藤淳の大いに弁護となっているようだ。<br />右的立場の江藤淳はここでも一貫していると思う。小林秀雄の<br />「社会化された私」という言葉、これも煙に巻かれるが、これ<br />について江藤淳の独自解釈を行っている。<br /><br />　小林秀雄が「思想」と「人間」を探求し、その激動の過程で<br />、いつしか「人間」を見失った小林秀雄が、意外にも「菊池寛<br />という巨大な生活者の中に再発足する」家庭、正宗白鳥との「<br />思想と実生活」についての論争。まずズバリわかりやすい白鳥<br />と煙に巻く小林秀雄の論争は面白くもすれ違いである。<br /><br />　何とも充実している！内容のだが難解な人物論、それは小林<br />秀雄が難解、ということなのだが、「批評家としての小林秀雄<br />の思想の全てが圧縮されてる」と江藤淳の言う「モオツァルト」<br />の「見事さ」を述べることが終章となっている。<br /><br />　「小林秀雄の文学観を批判しつくしたいという野望が私に<br />なかったわけではない。だが、文学観の批判がいったい何で<br />あろうか、このような赤裸々な心を開いて私の前に立ってい<br />る一人の人間の存在の重さに比べれば」<br /><br />　文学批評家に何を求めるか、だが私は小林秀雄は本来の意味<br />の文学批評家ではないと思う。文学へ特殊に寄生し、自らを独<br />自の展開をはかった、分かりにくい煙に巻くかのような難解な<br />言い回しをアイデンティティとした、まことに奇異な文学者で<br />あろう。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520398173</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520395804.html</link>
      <title>後期高齢者、75歳以上のドライバーは全て運転免許剥奪予備軍の断崖絶壁、日本社会をゆるがしかねない問題</title>
      <pubDate>Wed, 08 Apr 2026 12:25:18 +0900</pubDate>
            <description>　 あまりメディアで表向き、報道もされず、まして特集もされないが、現実では日本社会の重大問題がある。それは後期高齢者のドライバー、車を運転する後期高齢者は全て運転免許の、問答無用の剥奪予備軍だということだ。剥奪されるその当人にとっても死活問題だが社会全体でも極めて深刻な問題である。　もちろん全運転免許年齢でも、ちょっと違反を繰り返せば実に簡単に免許取り消しになるものだが、このたびの警察庁による高齢者講習での後期高齢者を対象とし、その更新期限の３年以内に軽微を含める多数の違反で..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283529-be897.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="images (35).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283529-be897-thumbnail2.jpg" width="259" height="194"></a>
 あまりメディアで表向き、報道もされず、まして特集もされ
ないが、現実では日本社会の重大問題がある。それは後期高齢
者のドライバー、車を運転する後期高齢者は全て運転免許の、
問答無用の剥奪予備軍だということだ。剥奪されるその当人に
とっても死活問題だが社会全体でも極めて深刻な問題である。

　もちろん全運転免許年齢でも、ちょっと違反を繰り返せば実
に簡単に免許取り消しになるものだが、このたびの警察庁によ
る高齢者講習での後期高齢者を対象とし、その更新期限の３年
以内に軽微を含める多数の違反で一度で検挙されたら、「技能
試験」と「臨時認知症検査」が必須なのだ。認知症検査はなん
とかなるが、問題は「技能試験」だ。その教習所に入校して
馴れた車、慣れたコースで技能試験、でも不合格が結構、頻発
するのに、全く初めての車、コースで予約の簡単には取れない
、という超プレッシャと不利な状況、では思わぬミスをおかし
ても当然だろう。警察庁は最低で20%の不合格率を想定という
から公認教習所は20%以上の不合格率をノルマと考えるだろう。

　技能試験となる違反は速度違反、一時停止違反、信号無視
などが最も検挙されやすいだろうが、とくに速度違反だ。多く
の道路は時速40km、50kmがほとんどで、幹線道路でなければ
40kmが普通で生活道は30kmが普通だ。40km制限の道路でも
現実、流れは40kmではまずない。ながれに反して40km以下で
は走るのも難しい。そこにポンと移動式オービスを置かれたら
どうしようもない。

　高齢者は危険なのだから仕方がない、と云う意見が官製の
コメントなどで多いが、これでは年齢による不利益があまり
に極端というものだ。そもそも日本は大都市部の中心地域に
住んで車を仕事で使わない、という人なら運転免許はなくて
もいい。が、それ以外、車なくして生活は不可能だ。免許を
取りあげられことは死ね、と言われるに等しい。子供家族と
住む大家族は例外的である。免許返納美談しかメディアは
伝えないが、これは行政の意向に応えているだけである。現
実、日本は核家族が基本である、公共交通など地方は超貧相
でしかない。

　いくら認知症、高齢者の運転は危険、と警察庁がメディアの
全面協力を得てキャンペーンし、国会議員へ働きかけて警察庁
の決定はすぐに閣議了承、国会上程、賛成多数で可決なのであ
る。国民の視点で議員、大臣がものを考えることはないわけで
ある。

　超々高齢化社会で高齢者の役割は増すばかりなのだが、国は
活動の原動力の車の運転、運転免許のあまりに露骨な剥奪政策
を実施しているのだ。むろん、交通安全は重要で、基本、誰も
反対はできない。しかし、だからといって次々に警察庁が繰り
だした高齢者からの免許剥奪というほかない極端な法制定は、
あまりに社会の実情を無視したバランス感覚を欠落したものと
いうほかない。

　運転手は不足し、後期高齢者のドライバーも実に多い。それ
らを一回の違反で免許剥奪に追いやれば、その結果どうなるだ
ろう。危険運転、重大な事故をおかしたなら、それは当然とし
ても、軽微な違反一発で免許取り上げでは、増えるばかりの
高齢者世帯で、どうやって生活しろ、というのか。

　もし免許を失いたくないなら、ひとえにペーパードライバー
に徹する、あるいは自宅と日頃いく、スーパーへの往復の道し
か走らない、とか半端ない徹底した方策をとるしかない。ドク
ター中松は100歳と思うが、ペーパードライバーで免許は絶対
死守ということらしい。発明にはやはり運転免許も必要という
ことのようだ。

　もう法律は変わりそうにはない以上、違反一発免許剥奪で
生活不能に陥らないよう、対策を徹底して講じるしかない。
生存権そのものの死守である。




































































































<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283529-be897.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="images (35).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283529-be897-thumbnail2.jpg" width="259" height="194" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/images20283529-be897-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /> あまりメディアで表向き、報道もされず、まして特集もされ<br />ないが、現実では日本社会の重大問題がある。それは後期高齢<br />者のドライバー、車を運転する後期高齢者は全て運転免許の、<br />問答無用の剥奪予備軍だということだ。剥奪されるその当人に<br />とっても死活問題だが社会全体でも極めて深刻な問題である。<br /><br />　もちろん全運転免許年齢でも、ちょっと違反を繰り返せば実<br />に簡単に免許取り消しになるものだが、このたびの警察庁によ<br />る高齢者講習での後期高齢者を対象とし、その更新期限の３年<br />以内に軽微を含める多数の違反で一度で検挙されたら、「技能<br />試験」と「臨時認知症検査」が必須なのだ。認知症検査はなん<br />とかなるが、問題は「技能試験」だ。その教習所に入校して<br />馴れた車、慣れたコースで技能試験、でも不合格が結構、頻発<br />するのに、全く初めての車、コースで予約の簡単には取れない<br />、という超プレッシャと不利な状況、では思わぬミスをおかし<br />ても当然だろう。警察庁は最低で20%の不合格率を想定という<br />から公認教習所は20%以上の不合格率をノルマと考えるだろう。<br /><br />　技能試験となる違反は速度違反、一時停止違反、信号無視<br />などが最も検挙されやすいだろうが、とくに速度違反だ。多く<br />の道路は時速40km、50kmがほとんどで、幹線道路でなければ<br />40kmが普通で生活道は30kmが普通だ。40km制限の道路でも<br />現実、流れは40kmではまずない。ながれに反して40km以下で<br />は走るのも難しい。そこにポンと移動式オービスを置かれたら<br />どうしようもない。<br /><br />　高齢者は危険なのだから仕方がない、と云う意見が官製の<br />コメントなどで多いが、これでは年齢による不利益があまり<br />に極端というものだ。そもそも日本は大都市部の中心地域に<br />住んで車を仕事で使わない、という人なら運転免許はなくて<br />もいい。が、それ以外、車なくして生活は不可能だ。免許を<br />取りあげられことは死ね、と言われるに等しい。子供家族と<br />住む大家族は例外的である。免許返納美談しかメディアは<br />伝えないが、これは行政の意向に応えているだけである。現<br />実、日本は核家族が基本である、公共交通など地方は超貧相<br />でしかない。<br /><br />　いくら認知症、高齢者の運転は危険、と警察庁がメディアの<br />全面協力を得てキャンペーンし、国会議員へ働きかけて警察庁<br />の決定はすぐに閣議了承、国会上程、賛成多数で可決なのであ<br />る。国民の視点で議員、大臣がものを考えることはないわけで<br />ある。<br /><br />　超々高齢化社会で高齢者の役割は増すばかりなのだが、国は<br />活動の原動力の車の運転、運転免許のあまりに露骨な剥奪政策<br />を実施しているのだ。むろん、交通安全は重要で、基本、誰も<br />反対はできない。しかし、だからといって次々に警察庁が繰り<br />だした高齢者からの免許剥奪というほかない極端な法制定は、<br />あまりに社会の実情を無視したバランス感覚を欠落したものと<br />いうほかない。<br /><br />　運転手は不足し、後期高齢者のドライバーも実に多い。それ<br />らを一回の違反で免許剥奪に追いやれば、その結果どうなるだ<br />ろう。危険運転、重大な事故をおかしたなら、それは当然とし<br />ても、軽微な違反一発で免許取り上げでは、増えるばかりの<br />高齢者世帯で、どうやって生活しろ、というのか。<br /><br />　もし免許を失いたくないなら、ひとえにペーパードライバー<br />に徹する、あるいは自宅と日頃いく、スーパーへの往復の道し<br />か走らない、とか半端ない徹底した方策をとるしかない。ドク<br />ター中松は100歳と思うが、ペーパードライバーで免許は絶対<br />死守ということらしい。発明にはやはり運転免許も必要という<br />ことのようだ。<br /><br />　もう法律は変わりそうにはない以上、違反一発免許剥奪で<br />生活不能に陥らないよう、対策を徹底して講じるしかない。<br />生存権そのものの死守である。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
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                </item>
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      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520392279.html</link>
      <title>大岡昇平『母』1952，短編集、小説というよりエッセイ風の9作品収録</title>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2026 22:49:28 +0900</pubDate>
            <description>　1952年、昭和27年に文藝春秋新社から刊行された大岡昇平の短編集で、古書である。昭和41年に新潮社から『母六夜』と共通の作品はない。すでに、その時点で『武蔵野夫人』、『俘虜記』を発表していた。　古書である。大岡昇平自身が自らの両親を語った『母』、『父』。引き揚げ専用列車で盗賊団と乗り合わせたという『愉快な連中』。また復員し、文学上の先輩や友人の誰彼を訪ね歩く『再会』。妻の疎開先の田舎にいて、レイテ戦線で散々な目にあって妙な頭の調子に悩みながら、戦場での経験を書き始めた頃の..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287129-ec5f1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; (71).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287129-ec5f1-thumbnail2.jpg" width="196" height="257"></a>
　1952年、昭和27年に文藝春秋新社から刊行された大岡昇平
の短編集で、古書である。昭和41年に新潮社から『母六夜』
と共通の作品はない。すでに、その時点で『武蔵野夫人』、『
俘虜記』を発表していた。

　古書である。大岡昇平自身が自らの両親を語った『母』、『
父』。引き揚げ専用列車で盗賊団と乗り合わせたという『愉快
な連中』。また復員し、文学上の先輩や友人の誰彼を訪ね歩く
『再会』。妻の疎開先の田舎にいて、レイテ戦線で散々な目に
あって妙な頭の調子に悩みながら、戦場での経験を書き始めた
頃の話『神経さん』など９作品。

　ただ短編小説というより、いたってエッセイ風である。『母』
で「彼女との長い会話をいちいち構成していては、あまりに小説
になりすぎるであろう」とあって、確かにエッセイということな
のだろう。といってエッセイと私小説とも区別しにくいことも多
いから、短編小説思えば短編小説だろう。

　大岡昇平が仏文の出身でスタンダールに傾倒していて、日本語
でも文体に相応の影響があるというのは早い段階から定評となっ
ていた。で、理屈屋で気難しさのある大岡昇平であり、小説では
何か特に構えているようなスタンスがあり、その何か感じるハー
ドルめいたものはエッセイでも確かにある。何かに突き当たるの
だ。

　大岡昇平の小説、昭和20年代前半に文名を挙げた『武蔵野夫人』
、『俘虜記』で『俘虜記』の方がいい、真実性があっていい、と
思っている人が多いと思うが、このエッセイ集にもその原型がある。

　『母』大岡昇平の母は芸妓だったわけだが、無論、その母を語っ
たものだ。男の子の母への思慕、まあ私のように毒親を持ってしま
って思慕の念などカケラもない人間には想像しくいが、ともなく思
慕をベースにした『一寸法師後日譚』と『停電の夜』の二編、さら
に『鷹』という過剰保護的な母、その病的心理を描いたものもあり、
著者の関心が特別に『母』にあるようだ。

　『一寸法師後日譚』では一寸法師が後に普通人となり、かって肩
に乗せて母親のように可愛がってくれた姫君と結婚したのは、母子
相姦の始祖伝説に興味をひかれているようだ。

　『鷹』では母親が子供への保護権を濫用する結果、子供の正常な
精神の成長をはばみ、娘が精神異常、狂人となるという話。

　この狂った娘が入院の精神病院が語る言葉で狂人のことを「我々
は蓋然的な電撃療法や睡眠療法を用いて、正確には分からないが、
とにかく治す。二、三のもつもっともらしい原因から人間心理の道
筋を立てて見せる小説家の心臓には、おれは実は呆れてるのさ」と
いうのがある。

　どうやらその小説家、「二、三のもつもっともらしい原因から人
間心理の筋道を立てる」、・・・・・大岡昇平自身のことらしい。<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287129-ec5f1.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード (71).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287129-ec5f1-thumbnail2.jpg" width="196" height="257" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287129-ec5f1-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　1952年、昭和27年に文藝春秋新社から刊行された大岡昇平<br />の短編集で、古書である。昭和41年に新潮社から『母六夜』<br />と共通の作品はない。すでに、その時点で『武蔵野夫人』、『<br />俘虜記』を発表していた。<br /><br />　古書である。大岡昇平自身が自らの両親を語った『母』、『<br />父』。引き揚げ専用列車で盗賊団と乗り合わせたという『愉快<br />な連中』。また復員し、文学上の先輩や友人の誰彼を訪ね歩く<br />『再会』。妻の疎開先の田舎にいて、レイテ戦線で散々な目に<br />あって妙な頭の調子に悩みながら、戦場での経験を書き始めた<br />頃の話『神経さん』など９作品。<br /><br />　ただ短編小説というより、いたってエッセイ風である。『母』<br />で「彼女との長い会話をいちいち構成していては、あまりに小説<br />になりすぎるであろう」とあって、確かにエッセイということな<br />のだろう。といってエッセイと私小説とも区別しにくいことも多<br />いから、短編小説思えば短編小説だろう。<br /><br />　大岡昇平が仏文の出身でスタンダールに傾倒していて、日本語<br />でも文体に相応の影響があるというのは早い段階から定評となっ<br />ていた。で、理屈屋で気難しさのある大岡昇平であり、小説では<br />何か特に構えているようなスタンスがあり、その何か感じるハー<br />ドルめいたものはエッセイでも確かにある。何かに突き当たるの<br />だ。<br /><br />　大岡昇平の小説、昭和20年代前半に文名を挙げた『武蔵野夫人』<br />、『俘虜記』で『俘虜記』の方がいい、真実性があっていい、と<br />思っている人が多いと思うが、このエッセイ集にもその原型がある。<br /><br />　『母』大岡昇平の母は芸妓だったわけだが、無論、その母を語っ<br />たものだ。男の子の母への思慕、まあ私のように毒親を持ってしま<br />って思慕の念などカケラもない人間には想像しくいが、ともなく思<br />慕をベースにした『一寸法師後日譚』と『停電の夜』の二編、さら<br />に『鷹』という過剰保護的な母、その病的心理を描いたものもあり、<br />著者の関心が特別に『母』にあるようだ。<br /><br />　『一寸法師後日譚』では一寸法師が後に普通人となり、かって肩<br />に乗せて母親のように可愛がってくれた姫君と結婚したのは、母子<br />相姦の始祖伝説に興味をひかれているようだ。<br /><br />　『鷹』では母親が子供への保護権を濫用する結果、子供の正常な<br />精神の成長をはばみ、娘が精神異常、狂人となるという話。<br /><br />　この狂った娘が入院の精神病院が語る言葉で狂人のことを「我々<br />は蓋然的な電撃療法や睡眠療法を用いて、正確には分からないが、<br />とにかく治す。二、三のもつもっともらしい原因から人間心理の道<br />筋を立てて見せる小説家の心臓には、おれは実は呆れてるのさ」と<br />いうのがある。<br /><br />　どうやらその小説家、「二、三のもつもっともらしい原因から人<br />間心理の筋道を立てる」、・・・・・大岡昇平自身のことらしい。<a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520392279</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520390545.html</link>
      <title>ひとまず、アメリカ憲法修正25条でトランプ退陣でイラン戦争を終結に導けるか？バンス新大統領でイランと交渉、和解を</title>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2026 18:04:30 +0900</pubDate>
            <description> 　端的に言えばトランプはギャンブルに負けたともいえる。イランの体制転換、現体制の転覆が最大の目的だったが、もはやトマホークも尽きかけている。戦力的にこれ以上の継続はじつは難しい。イランの核開発阻止はあるていどの目的を達成している。だが、これとてIAEAがイランの核兵器開発は差し迫っていない、との判断だったから今回のイラン攻撃、アメリカの攻撃はあまりにギャンブルだったというほかはない。　世界経済への影響は石油価格、石油欠乏、その要因のホルムズ海峡の封鎖だが、実態は中国、インド..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
 <a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283429-bec71.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="images (34).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283429-bec71-thumbnail2.jpg" width="300" height="168"></a>
　端的に言えばトランプはギャンブルに負けたともいえる。
イランの体制転換、現体制の転覆が最大の目的だったが、
もはやトマホークも尽きかけている。戦力的にこれ以上の
継続はじつは難しい。イランの核開発阻止はあるていどの
目的を達成している。だが、これとてIAEAがイランの核兵
器開発は差し迫っていない、との判断だったから今回のイ
ラン攻撃、アメリカの攻撃はあまりにギャンブルだったと
いうほかはない。

　世界経済への影響は石油価格、石油欠乏、その要因のホル
ムズ海峡の封鎖だが、実態は中国、インド向け輸出、またイ
ランからの輸出のタンカーは革命防衛隊は認めている。だか
ら完全封鎖ではなく、「とうせんぼう」戦術である。和解案
でホルムズ海峡の完全開放はアメリカは譲れないだろうが、
さりとて、アメリカがイランのインフラなどを破壊すればす
るほど、その再建に莫大な費用がかかるわけであり、イラン
は通過料を再建の資金にあてようということで、どう転んで
も今後、イランのホルムス海峡支配は永続する可能性が高い。
石油価格は上がり、また現状、イランは石油輸出が可能で
収入は大きい。戦争継続も望む所、だろう。

　トランプ大統領の軍事力利用の力任せでもイランの体制の
転覆、転換はできそうにはない。イランの軍事力はそれほど
現在は強力ということであり、国土は広大で守りに無類に強
い、圧倒的な地政学的優位にある。ミサイルの在庫もアメリ
カ、イスラエルをも上回る。現在はテルアビブも防御できな
いミサイルで大きな被害を生じている。イスラエルの防衛も
困難になりつつある。トランプ大統領はイランは圧力をかけ
れば思いとうりになる、と思いこんでいたが、甘かったわけ
である。イランとのアメリカの核合意はオバマ大統領との
合意が重要であった。オバマはイランへの高い教養を有し
て、交渉中も十分、民族的敬意を払うのを忘れなかったが、
トランプはアメリカのジャイアンであり、その面の教養に
まるで欠けている。

　湾岸諸国のアメリカへの依存も疑念が生じている。湾岸
諸国が今度は頼りするのはイスラム国の核保有国のパキス
タン、また地域の大国であり、NATO加盟のトルコである。
パキスタンの背後には中国がいる。実は有利な立場を得る
のは中国ということである。

　ともかくアメリカのイスラエルと組んで一気の攻撃でイ
ランを屈服できる、と考えたトランプ大統領のギャンブル
は実質、崩壊している。短期に決着できなければアメリカ
の負けである。イランは空爆で被害を受けても経済的な収
入は確保できている。自分の敷地で闘うのだから、長期戦
も何ら怯む必要もない。アメリカと早期の和解も必要もな
い。腹を据えて長期戦、の覚悟であるが逆にアメリカが、
これ以上の戦争継続は出来ない。サウジは戦争継続をアメ
リカに求めるとか、イランを徹底的に弱体化してほしい、
だが他方で平和も求めるようで真意がわかりにくい。イラ
んの体制転換は容易ではないのだ。

　・・・・・だがトランプ大統領のXなどへの投稿の内容、
その言葉遣いが、およそアメリカ大統領の品格ではない。
アメリカ内外で「精神異常」を指摘する声が強い。そこで
事態の解決、としてアメリカ憲法修正25条の第３「大統領の
職務執行不可能」としてバンス副大統領、閣僚の提起でト
ランプ大統領の退陣を行うことが、・・・実利的にも非常に
理にかなっていると思える。トランプ大統領はもう限界であ
る。次期大統領選での共和党候補者としては第一は国務長官
ルビオだがイラン攻撃反対の箔をつけたバンス副大統領とな
るだろう。およそ聞くに耐えない常軌を逸脱の暴言の数々、
地獄に突き落とす、イラン文明を抹殺する、など世界最高の
権力者にあるまじき狂乱である。執務執行に不適で罷免は
当然だろう。アメリカ国内、世界にその声が渦巻いている。

　とにかくイランは容易な相手ではない。現状では事態が悪
化するのみ、ひとまず、というより最も現実的な事態の改善
がトランプ大統領の退陣、というのは非常にリーズナブルで
ある。

　全ては暗中模索である。

　<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
 <a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283429-bec71.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="images (34).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/images20283429-bec71-thumbnail2.jpg" width="300" height="168" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/images20283429-bec71-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　端的に言えばトランプはギャンブルに負けたともいえる。<br />イランの体制転換、現体制の転覆が最大の目的だったが、<br />もはやトマホークも尽きかけている。戦力的にこれ以上の<br />継続はじつは難しい。イランの核開発阻止はあるていどの<br />目的を達成している。だが、これとてIAEAがイランの核兵<br />器開発は差し迫っていない、との判断だったから今回のイ<br />ラン攻撃、アメリカの攻撃はあまりにギャンブルだったと<br />いうほかはない。<br /><br />　世界経済への影響は石油価格、石油欠乏、その要因のホル<br />ムズ海峡の封鎖だが、実態は中国、インド向け輸出、またイ<br />ランからの輸出のタンカーは革命防衛隊は認めている。だか<br />ら完全封鎖ではなく、「とうせんぼう」戦術である。和解案<br />でホルムズ海峡の完全開放はアメリカは譲れないだろうが、<br />さりとて、アメリカがイランのインフラなどを破壊すればす<br />るほど、その再建に莫大な費用がかかるわけであり、イラン<br />は通過料を再建の資金にあてようということで、どう転んで<br />も今後、イランのホルムス海峡支配は永続する可能性が高い。<br />石油価格は上がり、また現状、イランは石油輸出が可能で<br />収入は大きい。戦争継続も望む所、だろう。<br /><br />　トランプ大統領の軍事力利用の力任せでもイランの体制の<br />転覆、転換はできそうにはない。イランの軍事力はそれほど<br />現在は強力ということであり、国土は広大で守りに無類に強<br />い、圧倒的な地政学的優位にある。ミサイルの在庫もアメリ<br />カ、イスラエルをも上回る。現在はテルアビブも防御できな<br />いミサイルで大きな被害を生じている。イスラエルの防衛も<br />困難になりつつある。トランプ大統領はイランは圧力をかけ<br />れば思いとうりになる、と思いこんでいたが、甘かったわけ<br />である。イランとのアメリカの核合意はオバマ大統領との<br />合意が重要であった。オバマはイランへの高い教養を有し<br />て、交渉中も十分、民族的敬意を払うのを忘れなかったが、<br />トランプはアメリカのジャイアンであり、その面の教養に<br />まるで欠けている。<br /><br />　湾岸諸国のアメリカへの依存も疑念が生じている。湾岸<br />諸国が今度は頼りするのはイスラム国の核保有国のパキス<br />タン、また地域の大国であり、NATO加盟のトルコである。<br />パキスタンの背後には中国がいる。実は有利な立場を得る<br />のは中国ということである。<br /><br />　ともかくアメリカのイスラエルと組んで一気の攻撃でイ<br />ランを屈服できる、と考えたトランプ大統領のギャンブル<br />は実質、崩壊している。短期に決着できなければアメリカ<br />の負けである。イランは空爆で被害を受けても経済的な収<br />入は確保できている。自分の敷地で闘うのだから、長期戦<br />も何ら怯む必要もない。アメリカと早期の和解も必要もな<br />い。腹を据えて長期戦、の覚悟であるが逆にアメリカが、<br />これ以上の戦争継続は出来ない。サウジは戦争継続をアメ<br />リカに求めるとか、イランを徹底的に弱体化してほしい、<br />だが他方で平和も求めるようで真意がわかりにくい。イラ<br />んの体制転換は容易ではないのだ。<br /><br />　・・・・・だがトランプ大統領のXなどへの投稿の内容、<br />その言葉遣いが、およそアメリカ大統領の品格ではない。<br />アメリカ内外で「精神異常」を指摘する声が強い。そこで<br />事態の解決、としてアメリカ憲法修正25条の第３「大統領の<br />職務執行不可能」としてバンス副大統領、閣僚の提起でト<br />ランプ大統領の退陣を行うことが、・・・実利的にも非常に<br />理にかなっていると思える。トランプ大統領はもう限界であ<br />る。次期大統領選での共和党候補者としては第一は国務長官<br />ルビオだがイラン攻撃反対の箔をつけたバンス副大統領とな<br />るだろう。およそ聞くに耐えない常軌を逸脱の暴言の数々、<br />地獄に突き落とす、イラン文明を抹殺する、など世界最高の<br />権力者にあるまじき狂乱である。執務執行に不適で罷免は<br />当然だろう。アメリカ国内、世界にその声が渦巻いている。<br /><br />　とにかくイランは容易な相手ではない。現状では事態が悪<br />化するのみ、ひとまず、というより最も現実的な事態の改善<br />がトランプ大統領の退陣、というのは非常にリーズナブルで<br />ある。<br /><br />　全ては暗中模索である。<br /><br />　<a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520390545</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520388615.html</link>
      <title>加齢が原因で痩せる恐怖、ガリ痩せより肥満がはるかに好ましい。</title>
      <pubDate>Tue, 07 Apr 2026 12:32:57 +0900</pubDate>
            <description>　　　何か病気が原因で痩せる、ということはさておき、だから要は加齢、まあ高齢化によって痩せるということだ。別に聞いて全然、面白い話ではないのだが。　私は長く腎臓病を引きずって生きてきた。15歳の誕生日の翌月からでもう57年を超えた。非常に体調が悪く、もう悪いに決まているから検査など一切やらない。現代医学は片っ端から透析に送るだけだから病院に行く意味もない。一日一生で生きてきたが、・・・・・とりあえずここまでは生きた。いやいや職能国保のお達しで健康診断、で血液検査など受けたら腎..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/145100483808996516178_IMG_1664_73-24bd2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="145100483808996516178_IMG_1664_73.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/145100483808996516178_IMG_1664_73-24bd2-thumbnail2.jpg" width="238" height="176"></a>
　何か病気が原因で痩せる、ということはさておき、だから要
は加齢、まあ高齢化によって痩せるということだ。別に聞いて
全然、面白い話ではないのだが。

　私は長く腎臓病を引きずって生きてきた。15歳の誕生日の翌
月からでもう57年を超えた。非常に体調が悪く、もう悪いに決
まているから検査など一切やらない。現代医学は片っ端から透
析に送るだけだから病院に行く意味もない。一日一生で生きて
きたが、・・・・・とりあえずここまでは生きた。いやいや
職能国保のお達しで健康診断、で血液検査など受けたら腎機能
に全く異常なし。長い長い体調の悪さ、・・・・・だがずっと
私は肥満を極めた。大学時代、随分と出戻りの学生だったが、
体重は100kg前後まで増えた。その後も長く、最近までどんな
時でも80kgを下回ったことはなかった。まず83kg前後であった
と思う。肉付きは悪くなかった、・・・・それがである。

　昨年の秋、いきなり左膝に水が溜まった。水が溜まったなど
初めての経験である。確かし、両手に重い鉢を持ったら左膝が
ガクッとおれて前に倒れたことがあった。かなり前だが。その
影響かともおもった。膝の水は自然になくなったが、そこから
脚が、両脚が痩せてきた。また上顎総義歯となって食事量が減
ったのは事実。夜はご飯を一碗も食べられなくなった。

　かくして風呂で上半身を見ても、その痩せぶりに驚いてしま
う。脚も細くなった、胴回りも細くなった。腕も、・・・・
かってよく見たアフリカでの食料不足でガリガリに痩せたあの
無惨な姿、をちょっと彷彿だ。とにかく、脚だけではないのだ。
上半身も、首も、痩せてしまった。全身の筋肉が衰えるという
ことだ。

　全身の筋肉が衰え、食欲も減退し、食事量が減る。・・・・
これはまさに高齢化に伴う衰えだ。確かに高齢化し、肥満体にと
いうケースは一般的でない。まず全身の筋肉が衰える。痩せる、
筋肉の減少は代謝の低下である。筋肉減少で痩せにくくなる、
とは壮年期までである。高齢では筋肉減少は即痩せることを意
味する。

　　どんなときでも余裕で80kg以上が68kg、身長も172.5cmに、
大いに縮んだ。とにかく持病治癒？の診断と引き換えの、あま
りに急速な体重減少、でやはり加齢、高齢化は、・・・太るよ
り怖いのは当然であり、生命の持続の本質の危機、それは病気
とは異なる逃れがたい恐怖である。










<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/145100483808996516178_IMG_1664_73-24bd2.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="145100483808996516178_IMG_1664_73.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/145100483808996516178_IMG_1664_73-24bd2-thumbnail2.jpg" width="238" height="176" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/145100483808996516178_IMG_1664_73-24bd2-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　何か病気が原因で痩せる、ということはさておき、だから要<br />は加齢、まあ高齢化によって痩せるということだ。別に聞いて<br />全然、面白い話ではないのだが。<br /><br />　私は長く腎臓病を引きずって生きてきた。15歳の誕生日の翌<br />月からでもう57年を超えた。非常に体調が悪く、もう悪いに決<br />まているから検査など一切やらない。現代医学は片っ端から透<br />析に送るだけだから病院に行く意味もない。一日一生で生きて<br />きたが、・・・・・とりあえずここまでは生きた。いやいや<br />職能国保のお達しで健康診断、で血液検査など受けたら腎機能<br />に全く異常なし。長い長い体調の悪さ、・・・・・だがずっと<br />私は肥満を極めた。大学時代、随分と出戻りの学生だったが、<br />体重は100kg前後まで増えた。その後も長く、最近までどんな<br />時でも80kgを下回ったことはなかった。まず83kg前後であった<br />と思う。肉付きは悪くなかった、・・・・それがである。<br /><br />　昨年の秋、いきなり左膝に水が溜まった。水が溜まったなど<br />初めての経験である。確かし、両手に重い鉢を持ったら左膝が<br />ガクッとおれて前に倒れたことがあった。かなり前だが。その<br />影響かともおもった。膝の水は自然になくなったが、そこから<br />脚が、両脚が痩せてきた。また上顎総義歯となって食事量が減<br />ったのは事実。夜はご飯を一碗も食べられなくなった。<br /><br />　かくして風呂で上半身を見ても、その痩せぶりに驚いてしま<br />う。脚も細くなった、胴回りも細くなった。腕も、・・・・<br />かってよく見たアフリカでの食料不足でガリガリに痩せたあの<br />無惨な姿、をちょっと彷彿だ。とにかく、脚だけではないのだ。<br />上半身も、首も、痩せてしまった。全身の筋肉が衰えるという<br />ことだ。<br /><br />　全身の筋肉が衰え、食欲も減退し、食事量が減る。・・・・<br />これはまさに高齢化に伴う衰えだ。確かに高齢化し、肥満体にと<br />いうケースは一般的でない。まず全身の筋肉が衰える。痩せる、<br />筋肉の減少は代謝の低下である。筋肉減少で痩せにくくなる、<br />とは壮年期までである。高齢では筋肉減少は即痩せることを意<br />味する。<br /><br />　　どんなときでも余裕で80kg以上が68kg、身長も172.5cmに、<br />大いに縮んだ。とにかく持病治癒？の診断と引き換えの、あま<br />りに急速な体重減少、でやはり加齢、高齢化は、・・・太るよ<br />り怖いのは当然であり、生命の持続の本質の危機、それは病気<br />とは異なる逃れがたい恐怖である。<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520388615</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520384763.html</link>
      <title>（憚りながら）京都府南丹市の小学生行方不明事件、これほどユニークな行方不明事件は初めてだ</title>
      <pubDate>Mon, 06 Apr 2026 22:37:09 +0900</pubDate>
            <description>　子供の行方不明は実は多発しているし、大人も刑事事件性を思わせる行方不明も実に多い。およそ得体が知れない行方不明事件は多い。国際的に大いに問題になった2018年7月に起きたフランス人女性行方不明事件、国連は数度にわたり、日本政府にもっと真摯に捜査するよう、資料をフランス警察に渡すよう勧告しているが日本政府、警察当局はどこ吹く風である。堂々たる天下御免の迷宮入りだ。不可解で知られるのが赤城山神社での女性失踪事件だ。子供の行方不明事件、迷宮入りも数知れない。事件性は間違いなく、「..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[

　子供の行方不明は実は多発しているし、大人も刑事事件性
を思わせる行方不明も実に多い。およそ得体が知れない行方
不明事件は多い。国際的に大いに問題になった2018年7月に
起きたフランス人女性行方不明事件、国連は数度にわたり、
日本政府にもっと真摯に捜査するよう、資料をフランス警察
に渡すよう勧告しているが日本政府、警察当局はどこ吹く風
である。堂々たる天下御免の迷宮入りだ。不可解で知られる
のが赤城山神社での女性失踪事件だ。子供の行方不明事件、
迷宮入りも数知れない。事件性は間違いなく、「犯人」の目
星がついていても警察が手を出さないとなると絶対に手を出
さない。いつも警察の真意はミミズの思いを探るようで分か
らないのである。

　さて、正直、あまりふれたくないが京都の南丹市、小学生
行方不明。・・・・・・ちょっとこんなユニークな行方不明
も聞いたことがない。卒業式の日、登校時間帯、続々、登校
者がいる。多分、統合したのか非常に遠距離通学の生徒がい
る。スクールバスがある。当時もスクールバスは出ていた。
不明小学生も日常、スクールバスを利用していた。その小学生
を送ってきたという父親運転の車は学童保育のための児童クラ
ブの建物の前の駐車場に入って出て行った。その直後、スクー
ルバスもその少し手前に到着した。
卒業式の日だから普段より登校生徒は少ない。だが相当数は
いる。生徒数は多い小学校だ。スクールバスを降りた生徒も、
複数いた通学を見る教師も不明小学生の姿は全く見ていない。
児童クラブ前から小学校に向かうコースも逆方向の道でも誰も
見ていない。

　あの場所で誰かが拉致したと主張の論者！も多かったが

　父親の車を降りた直後に誰かが車に拉致？なら父親は気づいて
いない？誰かが見た？そもそも、そんな場面などないのである。

　目撃者は皆無、異常さに気づいたものは皆無、監視カメラにも
姿は全く映っていない。それ以外のすべての街中の監視カメラに
も全くその小学生の姿はない。登校時は必ず持つスマホも自宅に
置いていた。

　卒業式で卒業生なら父兄も参加で車でその日だけは送ってくる
、ことはあり得ても5年生である。車で送り迎えの理由は全くない。
普段通りのスクールバスでいいのだ。ましてスクールバスは普段よ
り空いている。サラリーマン、工場勤務の父親、24歳の義父がその
日、わざわざ仕事を休んで車で送った?5年生だ。32歳の離婚歴のあ
る女性、同じ職場だった。結構は昨年末ときく。卒業式の翌日から
二泊三日の海外への新婚旅行の予定、子どものピアノ発表会は事実
ではなかった。父親というより、年が離れた兄というくらいの継父、
DVが起きやすいシチュエーションではある。

　徹頭徹尾、誰も見ておらず、監視カメラ、街中のカメラに拡大し
手も姿は映っていない。

　要するに学校には送られてないのだ。何か作為を試みたかのよ
うだ。監視カメラのちょうど死角的スポットで停車だが、解析か
らほぼ停車時間0で引き返している。

　
　京都府警は多くの未解決迷宮入り事件を担当した。長岡京市
の4人の女性、ジョギング中、山菜取りの二人、山菜取りキャン
セルの女性の惨殺、・・・・・捜査は全くかすりもしていない。

　行方不明生徒の家庭は山中の大家族だという。「取材お断り」
だそうで、ちょっと違和感がある。卒業式前日、その自宅で激
しい怒鳴り声が聞こえ、争いがあったと近隣の証言があるとい
う。

　「親族」が消防団らが徹底して捜索した場所から通学リュック
を発見、・・・・・前日の雨の汚れなども全くない。だれが置い
た？その親族は父親の弟だったという。

　憚りながらこんなユニークな行方不明事件もちょっとない。実
ミス・マープルに適したような事件だ。想定外のトリックがある。
大捜索も空振りだろう。本当にご苦労さまである。第三者などい
ない。

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287029-cdf62.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; (70).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287029-cdf62-thumbnail2.jpg" width="300" height="168"></a>


　<a></a>

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      <content:encoded><![CDATA[
<br />　子供の行方不明は実は多発しているし、大人も刑事事件性<br />を思わせる行方不明も実に多い。およそ得体が知れない行方<br />不明事件は多い。国際的に大いに問題になった2018年7月に<br />起きたフランス人女性行方不明事件、国連は数度にわたり、<br />日本政府にもっと真摯に捜査するよう、資料をフランス警察<br />に渡すよう勧告しているが日本政府、警察当局はどこ吹く風<br />である。堂々たる天下御免の迷宮入りだ。不可解で知られる<br />のが赤城山神社での女性失踪事件だ。子供の行方不明事件、<br />迷宮入りも数知れない。事件性は間違いなく、「犯人」の目<br />星がついていても警察が手を出さないとなると絶対に手を出<br />さない。いつも警察の真意はミミズの思いを探るようで分か<br />らないのである。<br /><br />　さて、正直、あまりふれたくないが京都の南丹市、小学生<br />行方不明。・・・・・・ちょっとこんなユニークな行方不明<br />も聞いたことがない。卒業式の日、登校時間帯、続々、登校<br />者がいる。多分、統合したのか非常に遠距離通学の生徒がい<br />る。スクールバスがある。当時もスクールバスは出ていた。<br />不明小学生も日常、スクールバスを利用していた。その小学生<br />を送ってきたという父親運転の車は学童保育のための児童クラ<br />ブの建物の前の駐車場に入って出て行った。その直後、スクー<br />ルバスもその少し手前に到着した。<br />卒業式の日だから普段より登校生徒は少ない。だが相当数は<br />いる。生徒数は多い小学校だ。スクールバスを降りた生徒も、<br />複数いた通学を見る教師も不明小学生の姿は全く見ていない。<br />児童クラブ前から小学校に向かうコースも逆方向の道でも誰も<br />見ていない。<br /><br />　あの場所で誰かが拉致したと主張の論者！も多かったが<br /><br />　父親の車を降りた直後に誰かが車に拉致？なら父親は気づいて<br />いない？誰かが見た？そもそも、そんな場面などないのである。<br /><br />　目撃者は皆無、異常さに気づいたものは皆無、監視カメラにも<br />姿は全く映っていない。それ以外のすべての街中の監視カメラに<br />も全くその小学生の姿はない。登校時は必ず持つスマホも自宅に<br />置いていた。<br /><br />　卒業式で卒業生なら父兄も参加で車でその日だけは送ってくる<br />、ことはあり得ても5年生である。車で送り迎えの理由は全くない。<br />普段通りのスクールバスでいいのだ。ましてスクールバスは普段よ<br />り空いている。サラリーマン、工場勤務の父親、24歳の義父がその<br />日、わざわざ仕事を休んで車で送った?5年生だ。32歳の離婚歴のあ<br />る女性、同じ職場だった。結構は昨年末ときく。卒業式の翌日から<br />二泊三日の海外への新婚旅行の予定、子どものピアノ発表会は事実<br />ではなかった。父親というより、年が離れた兄というくらいの継父、<br />DVが起きやすいシチュエーションではある。<br /><br />　徹頭徹尾、誰も見ておらず、監視カメラ、街中のカメラに拡大し<br />手も姿は映っていない。<br /><br />　要するに学校には送られてないのだ。何か作為を試みたかのよ<br />うだ。監視カメラのちょうど死角的スポットで停車だが、解析か<br />らほぼ停車時間0で引き返している。<br /><br />　<br />　京都府警は多くの未解決迷宮入り事件を担当した。長岡京市<br />の4人の女性、ジョギング中、山菜取りの二人、山菜取りキャン<br />セルの女性の惨殺、・・・・・捜査は全くかすりもしていない。<br /><br />　行方不明生徒の家庭は山中の大家族だという。「取材お断り」<br />だそうで、ちょっと違和感がある。卒業式前日、その自宅で激<br />しい怒鳴り声が聞こえ、争いがあったと近隣の証言があるとい<br />う。<br /><br />　「親族」が消防団らが徹底して捜索した場所から通学リュック<br />を発見、・・・・・前日の雨の汚れなども全くない。だれが置い<br />た？その親族は父親の弟だったという。<br /><br />　憚りながらこんなユニークな行方不明事件もちょっとない。実<br />ミス・マープルに適したような事件だ。想定外のトリックがある。<br />大捜索も空振りだろう。本当にご苦労さまである。第三者などい<br />ない。<br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287029-cdf62.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード (70).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287029-cdf62-thumbnail2.jpg" width="300" height="168" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920287029-cdf62-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br /><br />　<a name="more"></a>

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            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520384763</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520383282.html</link>
      <title>小林勇『蝸牛庵訪問記』1956，岩波茂雄の女婿が描く晩年の幸田露伴の生活と考え</title>
      <pubDate>Mon, 06 Apr 2026 18:28:47 +0900</pubDate>
            <description>　　小林勇、1903年、長野県生まれ、地元で実業学校を卒業し、働いていたが1920年、大正9年に上京、岩波書店に住み込み社員として入店、岩波文庫.創刊などにも携わる。岩波茂雄を助け、経営にも当たった。一時期、独立し、出版社を創設、だが頓挫し、岩波書店に戻った。1945年、横浜事件で投獄、拷問された。戦後は最終的に岩波書店会長に就任。　さて、小林勇は大正15年の春、岩波書店の編集部員として初めて幸田露伴をその蝸牛庵に訪問して以来、1947年、昭和22年の夏に露伴が81歳で死去す..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/14090260700.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="14090260700.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/14090260700-thumbnail2.jpg" width="265" height="372"></a>
　小林勇、1903年、長野県生まれ、地元で実業学校を卒業し、
働いていたが1920年、大正9年に上京、岩波書店に住み込み社
員として入店、岩波文庫.創刊などにも携わる。岩波茂雄を助
け、経営にも当たった。一時期、独立し、出版社を創設、だ
が頓挫し、岩波書店に戻った。1945年、横浜事件で投獄、拷
問された。戦後は最終的に岩波書店会長に就任。

　さて、小林勇は大正15年の春、岩波書店の編集部員として
初めて幸田露伴をその蝸牛庵に訪問して以来、1947年、昭和22
年の夏に露伴が81歳で死去するまで、20年余にわたって露伴に
深く親しみ、また愛され、信頼されていた。

　その間、ある時期においては著者、小林勇はほぼ毎日のよう
ンい露伴を訪問していたという。この本はその体験談であり、
折々の露伴の語ったこと、その生活ぶりを実に丹念に述べた、
記録の書でもある。

　特に和漢の分野では、おそるべき博識と見識、一代の碩学で
あった幸田露伴も時には著者を相手に学問の話をしたこともあ
るという。それらは著者には難解すぎて理解できなかったとも
述べている。だから本書は学問的な談話などより、主として酒
や料理、旅とか釣りの話、さらに人物論であり、その他にも露
伴の家庭の内情、日中戦争から太平洋戦争に拡大した時局への
露伴の考え、態度が語られている。

　露伴が料理、酒、釣などに驚くべき知識をもっており、さら
に健啖家であり、酒にも強くいことも述べられている。だが本
当に興味深いのはその人物論ではないか。

　露伴は鴎外とも親しかったが、その鷗外について

　「とにかく出世欲が異常につよい、要するに役人的な人物」

と言い放ち、「鷗外は本当に蓄財の好きな奴だったよ。心は本
当に冷たい。何もかも承知しても表にでない、ずいぶんと奇妙
なこともあったよ」

　では何が？だが鷗外の弟の三木竹次が死んだ時、その妻の面
倒をみたくなかった鷗外は露伴の後妻にその未亡人を勧めたと
いう。

　露伴は「女郎や芸者だって友達が手出しは昔から半ばご法度
だった。三木と私は親友とまではいかないが、友達には違いな
い。その友達の、亡くなった友達の妻を貰えるかい。これは鷗
外への不信感が増幅した一つの原因となった」

　実に興味深い、文壇秘話である。辰野隆も鷗外の人間性をこ
きおろし、逆に露伴の人間性を高く買っていた話を思い出す。

　露伴が悪妻、これは幸田文の『おとうと』映画化もされだが、
・・・・・そこでも感じるのだが、とにかく悪妻に悩まされて
いた。そのいきさつも細かく詳細に語られている。露伴の非常
にプラベートな生活を知る貴重な資料でもあるが、北海道にお
ける若き日の露伴の行状も本書で初めて知り得る。

　露伴は後輩では寺田寅彦と斎藤茂吉に非常に好意を寄せてい
たという。この後輩二人との交友のありさまは美しい記述であ
る。

　時代、時給への感想では、真珠湾奇襲攻撃について露伴は落
涙し、「若い人たちがなあ」と悲歎にくれていたという。また
昭和20年、1945年3月に信州に疎開する時、上野池の周囲を通り、
「西を想い、東を想うになった」といい、また東京大空襲の結
果の惨状を見て「南無阿弥陀仏」と繰り返していた、という。

　だが感動的なのは、信州から伊東、伊東から市川へと転々と
しながら、重病と思うようにならない生活と戦いながら、なお
「七部集評釈」の口述を続け、ついにはこれを完成し、その僅
か二ヶ月後に、著者、小林勇の手を握って陋屋で死んでいった、
露伴のいさぎよい最期である。

　晩年の露伴の談話を記録筆録し、その動静を記したものだが、
その筆力は記録にとどまらず、露伴の人間性を見事に描いてい
ると思う。なのだが、著者は露伴の親愛の情を何か独占しよう、
したいという、いうならばコアな本音があるようで、露伴はで
は著者をどう見ていたか、には記述がない。これはスタンスとし
て弱さにもなっているのではないか。惜しまれると思う。

<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/14090260700.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="14090260700.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/14090260700-thumbnail2.jpg" width="265" height="372" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/14090260700-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　小林勇、1903年、長野県生まれ、地元で実業学校を卒業し、<br />働いていたが1920年、大正9年に上京、岩波書店に住み込み社<br />員として入店、岩波文庫.創刊などにも携わる。岩波茂雄を助<br />け、経営にも当たった。一時期、独立し、出版社を創設、だ<br />が頓挫し、岩波書店に戻った。1945年、横浜事件で投獄、拷<br />問された。戦後は最終的に岩波書店会長に就任。<br /><br />　さて、小林勇は大正15年の春、岩波書店の編集部員として<br />初めて幸田露伴をその蝸牛庵に訪問して以来、1947年、昭和22<br />年の夏に露伴が81歳で死去するまで、20年余にわたって露伴に<br />深く親しみ、また愛され、信頼されていた。<br /><br />　その間、ある時期においては著者、小林勇はほぼ毎日のよう<br />ンい露伴を訪問していたという。この本はその体験談であり、<br />折々の露伴の語ったこと、その生活ぶりを実に丹念に述べた、<br />記録の書でもある。<br /><br />　特に和漢の分野では、おそるべき博識と見識、一代の碩学で<br />あった幸田露伴も時には著者を相手に学問の話をしたこともあ<br />るという。それらは著者には難解すぎて理解できなかったとも<br />述べている。だから本書は学問的な談話などより、主として酒<br />や料理、旅とか釣りの話、さらに人物論であり、その他にも露<br />伴の家庭の内情、日中戦争から太平洋戦争に拡大した時局への<br />露伴の考え、態度が語られている。<br /><br />　露伴が料理、酒、釣などに驚くべき知識をもっており、さら<br />に健啖家であり、酒にも強くいことも述べられている。だが本<br />当に興味深いのはその人物論ではないか。<br /><br />　露伴は鴎外とも親しかったが、その鷗外について<br /><br />　「とにかく出世欲が異常につよい、要するに役人的な人物」<br /><br />と言い放ち、「鷗外は本当に蓄財の好きな奴だったよ。心は本<br />当に冷たい。何もかも承知しても表にでない、ずいぶんと奇妙<br />なこともあったよ」<br /><br />　では何が？だが鷗外の弟の三木竹次が死んだ時、その妻の面<br />倒をみたくなかった鷗外は露伴の後妻にその未亡人を勧めたと<br />いう。<br /><br />　露伴は「女郎や芸者だって友達が手出しは昔から半ばご法度<br />だった。三木と私は親友とまではいかないが、友達には違いな<br />い。その友達の、亡くなった友達の妻を貰えるかい。これは鷗<br />外への不信感が増幅した一つの原因となった」<br /><br />　実に興味深い、文壇秘話である。辰野隆も鷗外の人間性をこ<br />きおろし、逆に露伴の人間性を高く買っていた話を思い出す。<br /><br />　露伴が悪妻、これは幸田文の『おとうと』映画化もされだが、<br />・・・・・そこでも感じるのだが、とにかく悪妻に悩まされて<br />いた。そのいきさつも細かく詳細に語られている。露伴の非常<br />にプラベートな生活を知る貴重な資料でもあるが、北海道にお<br />ける若き日の露伴の行状も本書で初めて知り得る。<br /><br />　露伴は後輩では寺田寅彦と斎藤茂吉に非常に好意を寄せてい<br />たという。この後輩二人との交友のありさまは美しい記述であ<br />る。<br /><br />　時代、時給への感想では、真珠湾奇襲攻撃について露伴は落<br />涙し、「若い人たちがなあ」と悲歎にくれていたという。また<br />昭和20年、1945年3月に信州に疎開する時、上野池の周囲を通り、<br />「西を想い、東を想うになった」といい、また東京大空襲の結<br />果の惨状を見て「南無阿弥陀仏」と繰り返していた、という。<br /><br />　だが感動的なのは、信州から伊東、伊東から市川へと転々と<br />しながら、重病と思うようにならない生活と戦いながら、なお<br />「七部集評釈」の口述を続け、ついにはこれを完成し、その僅<br />か二ヶ月後に、著者、小林勇の手を握って陋屋で死んでいった、<br />露伴のいさぎよい最期である。<br /><br />　晩年の露伴の談話を記録筆録し、その動静を記したものだが、<br />その筆力は記録にとどまらず、露伴の人間性を見事に描いてい<br />ると思う。なのだが、著者は露伴の親愛の情を何か独占しよう、<br />したいという、いうならばコアな本音があるようで、露伴はで<br />は著者をどう見ていたか、には記述がない。これはスタンスとし<br />て弱さにもなっているのではないか。惜しまれると思う。<br /><br /><a name="more"></a>

]]><![CDATA[
]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
      <guid isPermaLink="false">blog:https://blog.seesaa.jp,tsubuyaki3578/520383282</guid>
                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520380999.html</link>
      <title>警察庁の深謀遠慮のマニュアル免許抹殺改革！逆にマニュアル免許のオール限定解除化によってマニュアル希望者増加</title>
      <pubDate>Mon, 06 Apr 2026 11:55:41 +0900</pubDate>
            <description>　警察庁の自動車運転免許制度は何によって突き動かされているのだろうか。私は思うに、それは運転免許制度を通じて警察行政に優生思想を貫徹させること、ということである。古来、日本の行政にとって優生思想は最も根底に置きたい、一種のドグマである。・・・・・メディアも行政への忖度で絶対にそれは書かない。逆に警察庁の筋書きの「暴走⇒アクセルとブレーキの踏み間違い⇒認知症⇒強制的な認知症検査と排除の制度」・・・・・このキャンペーンにはオールドに限定しないほぼ全てのメディアは一切疑問を抱かず、..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[

　警察庁の自動車運転免許制度は何によって突き動かされて
いるのだろうか。私は思うに、それは運転免許制度を通じて
警察行政に優生思想を貫徹させること、ということである。
古来、日本の行政にとって優生思想は最も根底に置きたい、
一種のドグマである。・・・・・メディアも行政への忖度で
絶対にそれは書かない。逆に警察庁の筋書きの「暴走⇒アク
セルとブレーキの踏み間違い⇒認知症⇒強制的な認知症検査
と排除の制度」・・・・・このキャンペーンにはオールドに
限定しないほぼ全てのメディアは一切疑問を抱かず、逆に
同調キャンペーン報道、記事に徹してくれる。

　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-06T115755.315.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; - 2026-04-06T115755.315.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-06T115755.315-thumbnail2.jpg" width="275" height="183"></a>

　「踏み間違い」で暴走とメディアが警察庁同調報道するも
のは要は昔からの「オートマ事故」である。だがいつの間に
やら「オートマ事故」は報道、記事から完全に禁忌の言葉に
なった。暴走の原因はクラッチという安全弁の介在がない２
ペダルのオートマ車特有の現象でも、それを優生思想に利用
したい警察庁は「ペダル踏み間違い」でメディアに縛りをい
れた。

　だからマニュアル車は自動車の基本形であり、その運転技
術もまさに基本であるのに、この日本を実質「オートマ事故」
で染め上げ、警察庁の目的とする優生思想に基づく警察行政
をさらに強化したい、からマニュアル免許の、というのかマ
ニュアル運転技術をいっそのこと抹殺したい、ならさらにAT
車ばかりになる、

　実質オートマ事故の暴走をさらに増加させたい、そうすれば、
・・・・・ひねくれた見方に思われるにせよ、実はこれ以外に
真実はないのである。

　で制度は本来のマニュアル免許コースは廃止、基本全てAT車
コース、でその限定解除的な教程が最後に３時間ほど。まあ、
あきれた制度「改革」だが逆にこれで従来のMT車コースに比べ、
免許は取得しやすくなった、という現実、・・・・が周知され
、MT免許取得希望者が増えたという現実なのだそうだ。

　まあ、習うより慣れろ、が運転の極意だから教習所でどうこう、
より、これは好ましいのかもしれない。




<a></a>

]]></itunes:summary>
      <content:encoded><![CDATA[
<br />　警察庁の自動車運転免許制度は何によって突き動かされて<br />いるのだろうか。私は思うに、それは運転免許制度を通じて<br />警察行政に優生思想を貫徹させること、ということである。<br />古来、日本の行政にとって優生思想は最も根底に置きたい、<br />一種のドグマである。・・・・・メディアも行政への忖度で<br />絶対にそれは書かない。逆に警察庁の筋書きの「暴走⇒アク<br />セルとブレーキの踏み間違い⇒認知症⇒強制的な認知症検査<br />と排除の制度」・・・・・このキャンペーンにはオールドに<br />限定しないほぼ全てのメディアは一切疑問を抱かず、逆に<br />同調キャンペーン報道、記事に徹してくれる。<br /><br />　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-06T115755.315.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード - 2026-04-06T115755.315.jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-06T115755.315-thumbnail2.jpg" width="275" height="183" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920-202026-04-06T115755.315-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br /><br />　「踏み間違い」で暴走とメディアが警察庁同調報道するも<br />のは要は昔からの「オートマ事故」である。だがいつの間に<br />やら「オートマ事故」は報道、記事から完全に禁忌の言葉に<br />なった。暴走の原因はクラッチという安全弁の介在がない２<br />ペダルのオートマ車特有の現象でも、それを優生思想に利用<br />したい警察庁は「ペダル踏み間違い」でメディアに縛りをい<br />れた。<br /><br />　だからマニュアル車は自動車の基本形であり、その運転技<br />術もまさに基本であるのに、この日本を実質「オートマ事故」<br />で染め上げ、警察庁の目的とする優生思想に基づく警察行政<br />をさらに強化したい、からマニュアル免許の、というのかマ<br />ニュアル運転技術をいっそのこと抹殺したい、ならさらにAT<br />車ばかりになる、<br /><br />　実質オートマ事故の暴走をさらに増加させたい、そうすれば、<br />・・・・・ひねくれた見方に思われるにせよ、実はこれ以外に<br />真実はないのである。<br /><br />　で制度は本来のマニュアル免許コースは廃止、基本全てAT車<br />コース、でその限定解除的な教程が最後に３時間ほど。まあ、<br />あきれた制度「改革」だが逆にこれで従来のMT車コースに比べ、<br />免許は取得しやすくなった、という現実、・・・・が周知され<br />、MT免許取得希望者が増えたという現実なのだそうだ。<br /><br />　まあ、習うより慣れろ、が運転の極意だから教習所でどうこう、<br />より、これは好ましいのかもしれない。<br /><br /><br /><br /><br /><a name="more"></a>

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]]></content:encoded>
            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
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                </item>
        <item>
      <link>https://tsubuyaki3578.com/article/520377086.html</link>
      <title>川上宗薫『宗薫歳時記』1976，自由人による政治論だが、自由人であることのつらさ</title>
      <pubDate>Sun, 05 Apr 2026 21:22:59 +0900</pubDate>
            <description>　　なんとなく、かって一世を風靡した川上宗薫を単にポルノ作家、と思ってはならない。まさしく純文学から出発しているのである。川端康成、筒井康隆が川上宗薫の愛読者であったという。わりとよく知られた話だが、筒井康隆が川上宗薫の純文学、『夏の末』を読んで表現もないほどの感銘を受けたという。また水上勉との長年の確執、また文学上の師は北原武夫であった。宇野千代の亭主である。純文学として極めて高い資質を持っていた川上宗薫が結果、ポルノ小説の帝王となったこと、しかも「実体験」にそれらは基づい..</description>
            <itunes:summary><![CDATA[
　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920286829-333b8.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="&#x30C0;&#x30A6;&#x30F3;&#x30ED;&#x30FC;&#x30C9; (68).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920286829-333b8-thumbnail2.jpg" width="225" height="225"></a>
　なんとなく、かって一世を風靡した川上宗薫を単にポルノ
作家、と思ってはならない。まさしく純文学から出発してい
るのである。川端康成、筒井康隆が川上宗薫の愛読者であっ
たという。わりとよく知られた話だが、筒井康隆が川上宗薫
の純文学、『夏の末』を読んで表現もないほどの感銘を受け
たという。また水上勉との長年の確執、また文学上の師は北
原武夫であった。宇野千代の亭主である。純文学として極め
て高い資質を持っていた川上宗薫が結果、ポルノ小説の帝王
となったこと、しかも「実体験」にそれらは基づいていたと
いう。

　『宗薫歳時記』はエッセイである。その中の「自由につい
て」においてこう書いている。当時は日本共産党の宮本顕治
が「退廃文化批判」を主張していた。また『四畳半襖の下張
り』を掲載、及び映画化について警察の介入があった。また
名称を下張り、を裏張りに変えた映画も制作公開され、警察
が介入した。

　そのような時代状況の中でこう書いている。

　「私は『信念』という言葉は規制につながりやすいと考え
ている。それは『排除』につながりやすいのである。また、
それは政治的な用語を借りれば、右か左か、という価値観に
近い。だからこそ、宮本という共産党のボスは、ポルノの行
き過ぎを指摘したつもりなんだろう。私は共産主義の世界で
は、まず私がこれまで書いてきたようなものは許されないと
思う」

　宮本発言をやんわり、批判というほどのものでもないが、
他方で日本ペンクラブ会長の石川達三が反ポルノ発言、三割
自由論、とポルノの自由など必要ないということだった。
「自由について」で宗薫は石川の考えもそれは自由というも
のだが、「私が問題にしているのは、私も加入しているペン
クラブの会長として、新聞記者、プレスに対して発言したと
いうことである」これはなかなか、いい部分を突いている。
　
　かくして川上宗薫は、およそガラにもなく友人作家と連れ
だって石川達三に抗議に行ったのである。これは実は宗薫の
小説集、短編集『暮れてゆく』に収録の作品「うっとおしい
夏」で小説化されている。実は『宗薫歳時記』には実話エッ
セイとして収録されている。小説化された方では「ペン協会
会長の岩垣専蔵」に抗議に行ったその様子を描いているのだ。
また書いたもので警察の取り調べを受けているので、抗議など
自分には不似合いと思ってしまう。「うっとしい夏」では抗議
に行った帰り、女と待ち合わせる。

　「もう、ぼくはこれから代表とかなんとかになりません。似
合わないのです。これからは員数として、つまりただの一員と
して加わるってことにしたい」

　と、いささかダラシない精神が宗薫の真骨頂、世界なのだが
,そこには自由人としての何か懊悩がある。

　<a></a>

]]></itunes:summary>
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　<a href="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920286829-333b8.jpg" target="_blank"><img border="0" alt="ダウンロード (68).jpg" src="https://tsubuyaki3578.up.seesaa.net/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920286829-333b8-thumbnail2.jpg" width="225" height="225" onclick="location.href = 'https://tsubuyaki3578.com/upload/detail/image/E38380E382A6E383B3E383ADE383BCE3838920286829-333b8-thumbnail2.jpg.html'; return false;" style="cursor:pointer;" /></a><br />　なんとなく、かって一世を風靡した川上宗薫を単にポルノ<br />作家、と思ってはならない。まさしく純文学から出発してい<br />るのである。川端康成、筒井康隆が川上宗薫の愛読者であっ<br />たという。わりとよく知られた話だが、筒井康隆が川上宗薫<br />の純文学、『夏の末』を読んで表現もないほどの感銘を受け<br />たという。また水上勉との長年の確執、また文学上の師は北<br />原武夫であった。宇野千代の亭主である。純文学として極め<br />て高い資質を持っていた川上宗薫が結果、ポルノ小説の帝王<br />となったこと、しかも「実体験」にそれらは基づいていたと<br />いう。<br /><br />　『宗薫歳時記』はエッセイである。その中の「自由につい<br />て」においてこう書いている。当時は日本共産党の宮本顕治<br />が「退廃文化批判」を主張していた。また『四畳半襖の下張<br />り』を掲載、及び映画化について警察の介入があった。また<br />名称を下張り、を裏張りに変えた映画も制作公開され、警察<br />が介入した。<br /><br />　そのような時代状況の中でこう書いている。<br /><br />　「私は『信念』という言葉は規制につながりやすいと考え<br />ている。それは『排除』につながりやすいのである。また、<br />それは政治的な用語を借りれば、右か左か、という価値観に<br />近い。だからこそ、宮本という共産党のボスは、ポルノの行<br />き過ぎを指摘したつもりなんだろう。私は共産主義の世界で<br />は、まず私がこれまで書いてきたようなものは許されないと<br />思う」<br /><br />　宮本発言をやんわり、批判というほどのものでもないが、<br />他方で日本ペンクラブ会長の石川達三が反ポルノ発言、三割<br />自由論、とポルノの自由など必要ないということだった。<br />「自由について」で宗薫は石川の考えもそれは自由というも<br />のだが、「私が問題にしているのは、私も加入しているペン<br />クラブの会長として、新聞記者、プレスに対して発言したと<br />いうことである」これはなかなか、いい部分を突いている。<br />　<br />　かくして川上宗薫は、およそガラにもなく友人作家と連れ<br />だって石川達三に抗議に行ったのである。これは実は宗薫の<br />小説集、短編集『暮れてゆく』に収録の作品「うっとおしい<br />夏」で小説化されている。実は『宗薫歳時記』には実話エッ<br />セイとして収録されている。小説化された方では「ペン協会<br />会長の岩垣専蔵」に抗議に行ったその様子を描いているのだ。<br />また書いたもので警察の取り調べを受けているので、抗議など<br />自分には不似合いと思ってしまう。「うっとしい夏」では抗議<br />に行った帰り、女と待ち合わせる。<br /><br />　「もう、ぼくはこれから代表とかなんとかになりません。似<br />合わないのです。これからは員数として、つまりただの一員と<br />して加わるってことにしたい」<br /><br />　と、いささかダラシない精神が宗薫の真骨頂、世界なのだが<br />,そこには自由人としての何か懊悩がある。<br /><br />　<a name="more"></a>

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            <category>小説、文学</category>
      <author>ポコアポコ3578</author>
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